魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十八話「旧友よ」(中編)
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五年前――まだJS事件も天使事件も起きる前の事。”それ”は唐突に、彼、かのDrジェイル・スカリエッティの元に現れた。
「侵入者かい?」
「はい」
彼の疑問に、秘書にして助手。そして戦闘機人、ナンバーズ最初の一人、ウーノは淡々と頷いた。
それに、スカリエッティはふむと頷く。彼等が居るのは隠し研究所の一つである。そこに侵入者が入るなど滅多に無い。
管理局の局員では有り得ない。彼等には根回しをしてある。
余程の事が無い限りは管理局は動かない筈であった。……まぁ数年前に、その余程はあったのだが。
一応、スカリエッティはウーノに尋ねてみる。答えは否であった。
「侵入者は”おそらく”管理局の局員ではありません」
「おそらく? またやけに君らしく無い表現だね?」
「申し訳ありません。Dr。何せ、未だ”捕捉”も出来ていませんので」
「捕捉も……?」
それはどう言う事か? 聞くより先にウーノはウィンドウを展開。研究所の至る所に設置されたサーチャーを起動して画像を映した。そこには警備に置いてある各ガジェットが徘徊している。このガジェットは研究所をランダムで動き回り、警備に当たっているのだが、そのガジェットに突如、異変が起きた。
−閃−
一瞬、たった一瞬である。そのたった一瞬でガジェットが二つに分かれて倒れた。
「何……?」
異変は止まらない、静謐にただただ静かに警備のガジェットが両断されて行く。
”何も映っていないのに”だ。
そして、最後にはサーチャーをも破壊されたか、ウィンドウは砂嵐となった。
「……こんな状態です。侵入者と思しき存在は、こちらに全く姿を見せないままガジェットを撃破。更にサーチャーをも破壊して、こちらに向かっています」
「何故、こちらに向かっていると?」
「ガジェットが撃破された形跡が入口からこちらに進んでいるからです」
とても簡潔な推理である。しかし、その内容はとてもでは無いが笑えるものでは無い。
こちらは侵入者の姿さえ捉えていないのに、向こうは研究所内を我が物顔で歩き回っているのだ。障害物(ガジェット)を破壊しながら。
普通なら血相を変えるだろう。しかし、彼は違った。にぃ、と笑う。
「全く姿を見せない侵入者、か。……く、ふふ……! 面白い、面白いじゃぁないか!」
「いかが致しましょう?」
「チンクを迎撃に出したまえ」
即断でスカリエッティは己が片腕に告げる。笑いを顔に張り付けたまま、楽しげに続けた。
「あの娘なら侵入者の正体を割り出してくれるだろう。研究所内の被害については考えなくていい、存分にやるように言ってくれたまえ」
「はい。了解しました」
スカリエッティの、ある意味においてとんでもない指示に、ウーノもあっさりと頷く。普通ならば研究所の被害を考えなくていいなぞ言わないだろう。しかも、チンクのIS(先天固有技能)はランブルデトネイターと呼ばれる能力である。これは彼女が触れた特定金属を爆弾に変える能力だ。この能力を持って被害に構わず戦った場合、どこまでの被害が出るか分かったものでは無い。
スカリエッティは、”スポンサー”に新たな援助を頼まねばねと、笑いながら思う。そして、未だ展開されたウィンドウに目を向けた。
「未だ見ぬ侵入者――チンクはどれくらいの被害を出すだろうね?」
そう、笑いながらウィンドウをただ注視し続けた。
結果から言うと、このスカリエッティの懸念は外れる事になる。何故ならば、被害が殆ど出る事は無かったのだから。
「くっ……」
−閃−
チンクは呻きながら、固有武装スティンガーを放つ。だが、それは誰も居ない壁に突き立つだけに終わった。それを見て、彼女は再び苦々しい顔を浮かべる。
侵入者が研究所内に入り込んだとの報を受け、迎撃に来た訳だが……その敵が、居ない。否、居ない訳では無い。先程、共に連れて来たガジェットが音も無く両断されて撃破されたばかりなのだから。
正確には、全く把握出来ないのだ。ここに、間近に居る筈の敵が。
彼女の各種センサーにも全く掛からない。あまりにも異常過ぎる事である。敵は居る。確実に、ここに。しかし、どこに居るのか全く分からないのだ。
こちらをじっと見て、隙を伺っている。獲物を狙う獣のように。その獲物は他でも無い、彼女だ。
「っ……。っ……」
スティンガーを構えてチンクは周りに気配を配る。相変わらず侵入者はどこに居るのか分からない。
緊張の時間が過ぎて行く。数秒か、あるいは数分か……チンクにとっては、それは数時間にも思える時間であった。そして。
−とん−
唐突に、チンクの背中に何かが当たった。同時に後頭部へと掌を当てられる――!
「っ――――!?」
チンクは直ぐさま振り向こうとして。それすらも許され無かった。
−撃−
頭部に衝撃が走る! それは、彼女の意識を容赦無く断ち切ってのけた。
ば、かな……!?
薄れ行く視界で、チンクは何とか、敵対すらをも許され無かった敵の顔を見ようとする。けど、それは叶わなくて。結局、彼女は侵入者の顔すらをも見られずに昏倒した。
……彼女は知るよしも無い事ではあるが、この五年後、漸くチンクは彼の顔を見る事が出来る。その時もまた敵対者としてではあったのだが。
「チンクが撃破された……?」
「はい。しかも一切交戦させて貰えずに、です」
少しだけ驚いたような顔となるスカリエッティに、ウーノは変わらぬ無表情で答えた。しかし他ならぬスカリエッティは気付く、彼女の声に、ほんの僅かだが動揺が混ざっていた事に。
チンクはかつてオーバーSランクの騎士を限定的な条件下の元とは言え撃破に成功している。そんな彼女を、交戦すらも許さずに撃破したのだ。この侵入者とやらは。
そんなウーノをよそに、スカリエッティは内心の好奇心が首を擡(もた)げていくのを自覚した。侵入者は果たして、どんな存在なのか。
「侵入者の姿は?」
「相変わらず不明です。丁寧にサーチャーを念入りに破壊しながら進んでます」
彼女の報告に、更に興味が沸いて来る。
その姿が見たくてたまらない。どんな存在なのか知りたい。
無限の欲望。アンリミテッド・デザイアと名付けられた彼の欲が、その存在を欲し始めた。
「……では、次は……」
「クアットロ、トーレ。居るんだろう?」
「は〜〜い」
「ここに」
スカリエッティの呼び掛けに、直ぐさま二つの応じる声が返ってきた。
一人は、眼鏡にオサゲ、身体にぴったりとしたボディスーツにコートを着ている少女、クアットロ。
もう一人は長身痩躯、一見すれば美青年に見えかねないが、そのボディスーツに浮かぶスタイルの良さが、それを否定する女性、トーレ。
その二人にスカリエッティは笑いながら告げる。
「侵入者の件は聞いてるね?」
「はい」
「勿論ですわ」
直ぐに二人は頷く。それは則ち、チンクが撃破された事も知ってると言う事であった。二人の返事にスカリエッティは笑う。そして、笑いのままに問うた。
「この侵入者。君達ならば、捕らえる事が出来るかな?」
まるで挑発するかのような、そんな問い。それをどう捉えたか、二人は顔を見合わせると笑い合い、スカリエッティへと視線を戻した。
「お任せ下さ〜〜い」
「必ず、捕らえて見せます」
二人はそれぞれの答えを返して、スカリエッティは鷹揚に頷き。
「ほぅ? 大した自信だな?」
――そんな声を聞いた。
っ――――!?
一同全員に驚愕と戦慄が走り抜ける! 同時、目を大きく見開いたクアットロの首に、するりと腕が掛かった。真綿のように抵抗無く、未だ驚愕から抜けられない彼女に静かに巻き付く。そして、一瞬の後には大蛇に変じたように凄まじい圧力で顎ごと首を絞め付けて来た。
「――!? っ!? っ!?」
チョークスリーパーホールド。しかも、気管や頸動脈(けいどうみゃく)を絞める”落とす”為の技では無い。それは頚椎(けいつい)を破壊して首を捩切る殺人技であった。
一気に混乱の極致に追いやられたクアットロの呼吸が止まり、視界が真っ黒に染まる。急速に意識が遠退いて。
−軋−
自分の頚椎が、正確には頚椎フレームだが、何にしても、それが破滅的な音を立てた。その音を彼女は聞きながら、完全に意識が閉じて行く事を自覚した。どさり、と音を立ててクアットロが床に沈む。
だが、そんなクアットロを、スカリエッティも、ウーノも、トーレも見ていなかった。正確には見る事も出来なかったが正しいか。
ガジェットを潰し、チンクを倒し、今、クアットロを苦もなく潰してのけた謎の侵入者が、姿を現していたから。
それは、少年だった。黒髪黒瞳。もっとも顔の半分はバリアジャケットの垂れ下がったフードが隠していたが。それに、漆黒の変わった形のバリアジャケットに身を包んでいる。全身黒で固められた彼は、いっそ他を廃した純粋さを醸し出していた。それは彼自身もまた同じ。彼もまた、ただ漆黒に純粋な存在であった。
そんな、ただひたすらに純粋さを目指したかのような存在をスカリエッティは初めて知る。
呆然としたスカリエッティに、彼は肩を竦めながら一歩を刻んだ。
「……さて、後は貴様か?」
「っ!?」
声を掛けられ、トーレは漸く我に返った。すぐに自らの固有武装、虫の羽に似たエネルギー翼、インパルスブレードを展開。同時に、その身体が加速する!
IS、ライドインパルス。超高速機動を可能とする彼女の先天固有技能である。その速度は、それこそ視認不可領域。亜音速のレベルにまで到達する。トーレはその速度のままにインパルスブレードを振るって。
「ふむ」
−閃−
踏み込みと共に腕を流されて、その一撃は躱された。しかもどうやったのか、亜音速機動で発生した慣性――そうそう止まれる筈が無いそれが、完全に停止してしまっている!
彼女が知るよしも無い事だが、少年は一撃を流した直後に彼女の亜音速機動で発生した慣性を、膝を”抜く”事で受け止めてしまったのだ。それこそ、数トンに匹敵する慣性エネルギーを。呆然とするトーレに、彼はゆらりと踏み込む――気付いた時には全てが遅かった。
「天破疾風」