魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十八話「旧友よ」(前編)
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「……本当にいいの?」

 夜の神庭家道場。そこで、少しばかりの躊躇いを含んだ声が響く。神庭アサギ、彼女の声が。それに息子たる神庭シオンはこくりと頷いた。
 夜の帳が落ちて、もはや深夜である。鈴虫の声が辺りに静かな音を澄み渡らせていた。
 アサギは一度だけ瞑目すると、また”得物”を取り出す。後ろを向くシオンへと、それを向けて――でも、やっぱり出来なかった。得物を引っ込める。

「やっぱり、ダメ……ダメだよ、シオン君」
「あのね、母さん」
「ママって呼んでくれなきゃ、嫌」
「……母さん」

 シオンはため息を吐きながら、アサギを振り向く。しかし、アサギはそれでもイヤイヤと首を振った。何かに追い立てられるような切望する想いが、その目に映る。シオンはそんなアサギを、じとーと半眼でみつめた。

「母さん。頼むから、早くしてよ」
「出来ない……出来ないよ! だって私達母子なんだよ!?」
「母子だから頼んでるんだろ」

 切羽詰まったように、ついには叫んだアサギにシオンは頭痛を覚える。そして半眼になったままの目で、アサギを見据えた。

「母さん」
「……嫌。嫌だよぅ」
「だ・か・ら……!」

 いい加減、勘忍袋の緒が切れたか。シオンは完全に後ろを振り向き、そのまま口を開いた。彼女を諭す為に! それは――!

「”髪を切る”だけで、何でそんなに嫌がるのさ!」
「だって〜〜!」

 たまらず叫んだシオンにアサギはハサミを片手にだう〜〜と、涙を流した。それを見て、シオンは再度ため息を吐いてうなだれる。
 事の起こりは単純な事だった。
 いい加減、前髪がうっとーしくなり……それに”いろいろ”あったので、気分を入れ替える為と決意を新たにする為に髪を切ろうとしたのだが。
 それを母、アサギに頼んだのが間違いだった。彼女はシオンが髪を切ると聞いて、目に見えて狼狽。散髪に大反対したのである。その理由はと言うと――。

「だって……しーちゃん、可愛いかったのに、このまま髪を伸ばしたらシオン君、しーちゃんみたいになると思って――」

 ……そう言って差し出された写真を奪取出来なかった事を、シオンはいつまでも悔やみ続けるだろう。後、みもりには話しをつけねばなるまい。
 ともあれその後、アサギをなんとか説得。彼女が髪を切る事で合意を得たのだが。事、ここに至って嫌がったと言う訳である。
 どんだけぐだぐだだよと言いたくなるが、ぐっと我慢。シオンは片手を差し出した。

「……もういい。自分で切るから」
「だ、だめだよ……! 形が悪くなっちゃうよ!」
「なら、みもりかティアナ辺りに頼んで――」
「それだけは絶対に嫌!」

 ならどうすればいいと言うのか。自分より背が低いアサギがう〜〜と、自分を涙目で上目使いに睨んでいるのを見て、シオンはまたため息を吐く。
 とにもかくにも、このままでは話しも進まない。明日の出発までにやっておきたい事は他にもあるのだから。

「う〜〜!」
「……はぁ」

 長い夜になりそうだなぁと、シオンは一人頷くとアサギに向き直る。
 そして説得を開始した。なおこの後、説得が完了するまでに更に一時間を要する事になったのは言うまでもない事だった。

 
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