魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十七話「決意の拳」(後編)
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さわさわと秋の風が枝を揺らす。それを彼の背後に見ながら、神庭シオンは呆然としていた。
あまりに唐突に現れた彼、伊織タカトに。彼は薄く微笑みながら、シオンを見る。その微笑みは、何故か妙に”優しく”て――。
タカ兄ぃが、”優しく”……?
思わず疑問符を浮かべるシオン。その微笑みに、何故かぞくりと悪寒を感じて。直後、その視界が黒く覆われた。
「っ!?」
−撃!−
身体が動いたのはまぐれだった。
慌てて身体を起こしたシオンの頭があった部分をタカトの足が打ち抜く。その踏み付けは、容赦無く神社の敷石を踏み砕いていた。
「なん――!?」
何がなんだか分からずに、目を丸くしながら振り返るシオン。が、次の瞬間、シオンが見たものは踏み放った足を軸足にして突き蹴りを放ったタカトだった。それは迷う事無くシオンの鳩尾を打ち抜く!
−撃!−
「ごっ、ふ……!」
胃袋をまるごとひっくり返すような衝撃が突き抜け、更にシオンの身体は後ろへと弾き飛ばされる。その後ろは、当然階段であった。一瞬の浮遊感をシオンは覚え――タカトはその場でトンボを切った。宙にあるシオンへと前に回転しながら突っ込む! 忘我の境で見たのは、頭上から振り落ちる踵!
−破!−
打ち降ろされた踵は頭に直撃。シオンを真下に叩き落とした。悲鳴を上げる間すら無く、石作りの階段に危険な音を立たせながらシオンは落とされ、一回バウンドしながら、階段を転げ落ちた。
「あ、ぐ……!」
転げて、転げて――石畳の踊場にまでシオンは転げて、漸く止まった。全身くまなく痛めつけられ、喘ぐ。
そんなシオンを階段に難無く着地したタカトは静かに見据えて、ゆっくり下りて来た。何も喋らずに。
シオンはやがて激しく咳込むと無理矢理立ち上がった。全身痛くて、立ち上がるのも億劫(おっくう)だったが、まさか寝たままと言う訳にもいかない。ぎろりとタカトを睨みつける。
「なにを、しやがんだ……!? タカ兄ぃ!?」
当然と言えば、当然の疑問をシオンはタカトに叩きつける。いきなり踏み付けられ、蹴られ、転がされたのだ。文句の一つも言いたくなろうというものである。
タカトはそんな自分を睨みつけるシオンを変わらぬ目で見据えた。口を開く――。
「八つ当たりだ」
「……は?」
シオン自信が望み問うた答え。しかし、それを聞いたシオンは思わず盛大に疑問符を浮かべていた。タカトを怪訝そうに見るが、彼は構わず続けた。
「昨日、少々ムカつく事があってな。で、苛々して当たれる対象が無いか探していた訳だが――そしたらまぁ、いかにも不様な顔をしたヘタレを見掛けたのでな。八つ当たりに肉質サンドバックにして殴ろうかと」
「……八つ当たり?」
「うむ」
何故か胸を張ってタカトは答える。そんな彼を呆然と見ながら、シオンは震える指でタカトを差した。
「……その、俺に説教とかしに来た訳じゃなくて……?」
「何故俺がそんな真似をせねばならない?」
逆に聞かれた。再びシオンは我を忘れる。タカトは呆然としたシオンに歩み寄って――。
「ちなみに、まだ八つ当たりは終わっとらん訳だが」
「……え?」
−撃!−
我に返った時には、もう遅かった。横っ面にタカトの右拳が突き刺さり、今度は階段から横の林に吹き飛ばされる!
「ぐ……!」
−撃−
林に投げ出された身体を受け止めてくれたのは大層巨きな樹であった。
凄まじい痛みが背中を突き抜け、息が出来なくなる。
だが当然、八つ当たりと言って憚らないタカトは構わなかった。林に歩いて入り、一歩で間合いを詰めた。拳が、シオンを襲う! ……しかも、一発では無かった。
−撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−
「が! うっ!」
「ふむ、殴りやすいな。流石、肉質サンドバック」
樹に押し付けられたまま、シオンは殴られまくる! 両腕を上げて防ごうとしても、それも腕を流されて封じられ、開いた空間から拳が顔面に突き刺さった。
なん、で……?
殴られながら、シオンは呆然とそう思う。なんで今、自分はぶん殴られているのか。凄まじく理不尽極まり無い理由で。
−撃!−
顔面に拳が叩き込まれる。意識がそれで持っていかれそうになるが、続いて入った反対の拳がそれを許さなかった。
あえて意識を刈り取らずに殴る。そんな真似をタカトは続ける。 おそらくはシオンを痛めつける、それだけで。
理不尽だった、理不尽過ぎた。
なんで、こんな目に合わなければならないのか分からなかった。
イクスがいなくなって辛いのに、淋しいのに、なんで八つ当たりに殴られなければならないのか。
分からない、分からない……が、腹が立った。目茶苦茶、腹が立った……! だから!
「っざけんなぁあぁぁぁああああああ!」
「む?」
殴られながらタカトをギョロリと睨み、渾身の力で殴り返す!
だが、それはタカトがただ後ろに下がるだけで空を切った。拳を躱したタカトは、しかし不満そうな顔でシオンを見る。
「こら、殴り返すな。肉質サンドバック。サンドバックはサンドバックらしく殴られろ」
「ふざけてろや……! このクソ兄貴……!」
怒りで凄まじい形相になりながら、シオンはタカトに吠える。唇を切ったか、ぺっと血を吐き出した。
「あーキレた。キレました。クソッタレぼけ兄貴にボクキレました」
「口調がおかしくなっとるぞ?」
「どやかましいわ!? 誰のせいだと思ってやがる! 取り敢えずは……!」
言いながら踏み込む。拳を持ち上げ、固く握り締めた。
……何故拳を構える? 殴るために決まっている! この、クソッタレ兄貴を!
「そのスカした面(つら)、殴らせろやぁあああ!」
叫びながら、拳を放った。狙いは当然、顔面!
シオンの拳は真っ直ぐにタカトの顔、中心点に突き込まれ、しかし当たる直前に顔を逸らされるだけで拳は再び空を切った。更に今度はクロスカウンターで、シオンの顔面に拳が突き刺さる!
−撃!−
「百年早い」
「っう……!? っせぇえ!」
カウンターを綺麗に決められ、一瞬だけ怯むもののシオンは諦めずにタカトに襲い掛かる!
そんなシオンに、タカトは少しだけ笑い。
「たわけ」
−撃!−
「がうっ!?」
その顔に再びカウンターを叩き込んだ。それでも諦めずにシオンはタカトに突き進み、しばし打撃音が静寂な神社に木霊する事になったのだった。