魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十七話「決意の拳」(前編)
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 第三十二管理外世界。無人世界であるこの世界を航行する次元航行艦があった。ツァラ・トゥ・ストラの艦である。
 今この艦は一つの静寂に満ちていた。搭乗員全員が意識を失っていると言う静寂に。
 通路や部屋、機関室。そして、武装局員や一般局員、魔導師、それら全ての区別を問わず、床に転がされていた。
 誰一人として死んではいない。そう、”死んでは”。
 全員、傍目からは生死の判断が付かない状態では生きているのも死んでいるのも大差はない。少なくとも一生ものの後遺症を約束された程の目に合わされている人間は、死ぬよりマシから死んだ方がマシに区分されるべき存在であろう。
 それを平然と成し遂げた襲撃者は、艦の中枢たるブリッジに居た。そこに居た管制官や操舵士も当然のごとく叩き潰されている。そして艦の責任者たる提督は、襟首を掴まれ右腕一本で吊し上げられていた。
 どれほどの膂力がそこに込められているのか。だが、襲撃者は――伊織タカト。彼は、男一人を吊り上げているにも関わらず平然とした顔をしていた。いや、むしろ面倒臭そうな顔か。どちらにしろ、こんな状況でするような表情では無い。だからか、提督は彼をぎょろりと見据えるなり吠えた。

「この……! 悪魔め……!」
「よく言われる。まぁ、そう褒めてくれるな」

 決して賛辞ではあるまいそれを聞いたにも関わらず、タカトはそんな事を言う。彼にとってみれば叩き潰す存在からの罵倒はむしろ賛辞に聞こえるらしい。
 そんな彼に、唾を吐きかけようとして。しかし襟首を掴まれ、顔を強制的に上へと向かされた状態ではそれすら出来ない。忌ま忌ましそうに呻いた提督にタカトは笑った。

「こちらとしては、くだらん真似をされた意趣返しだ。貴様達に文句を言われるような謂れは無い」

 艦の乗組員を全員叩き潰しておいて言う台詞では無いが、その台詞に提督は苦々しく顔を歪めた。
 この艦は先ほどストラの特殊部隊『ドッペル・シュナイデ』の三人を回収した艦なのだから。つまり、タカトを墓場で襲撃した第二世代戦闘機人達三人を。まさか三人を回収した時の転位反応を辿られて、この艦に直接仕返しを掛けられるなぞ夢にも思っていなかったのだが。提督の反応にタカトは笑いを消した。

「さて。では、いろいろ教えて貰おうか」
「ぐ……! 拷問などされても私は何も知らん!」
「残念だが、それを判断するのは俺だ。貴様では無い」

 聞く耳持たず。タカトは提督の言い分をばっさりと切って捨てる。そのまま吊り上げた腕の角度を上昇させ、冷たく聞いた。

「貴様達の目的は何だ? ヴィヴィオを掠おうとしたかと思えば、シオンを掠おうとし、あげくは俺か? わざと難易度上げているなら大したものだが――俺達を掠って何をしようとしている?」
「知ら――」

 ん、とは言えなかった。その前に枯木がへし折れたような音が鳴り響く。
 タカトが自分の左手の小指を掴んで折ったと気付いたのは数秒後の事だった。
 悲鳴が上がる。タカトは当然構わなかった。

「言い忘れていたが、『知らない』『分からない』は聞かんので、その積もりでいてくれ。後、無言も三秒以上続けると、その時点で指を折っていくのでその積もりでいろ」
「が……! こんな事をして、貴様、ただで済むと……!?」
「拷問は犯罪か? 別に構わん。俺は既に第一級の次元犯罪者らしいしな」

 基本的にタカトは捕虜を取らない主義である。生かして捕らえるような真似をあまりしないのだ。それをする場合は、単純に聞きたい事をその場で聞く場合のみに限る。つまりは、その場での拷問であった。
 顔色が青く変わっていく提督を見て、タカトは薄く微笑んだ。続ける。

「では、もう一度聞こう。俺達を掠おうとした理由は?」
「う……うぅ……!」

 一秒待つ、答えない。
 二秒待つ、答えない。指に手を掛けた。
 三秒……再び悲鳴が上がった。

「く、あ……!」
「余程その指、いらんと見える。いっそ、切り落とすか」

 それでも答えようとしない提督に、タカトは混じり気無しの本気で呟く。更に顔色が青くなる提督。だが、それでも答えようとはしなかった。
 タカトの眉が訝しむように細められた。本当に知らない。その可能性もあるだろう。
 だが、ここまでされても黙秘を貫くものか?
 それも、対拷問訓練を受けた事も無さそうな人間が?
 ストラにここまでの忠臣がいるとは、意外であった。それと同時に気になった。拷問に耐える、その理由に。

「では、別の質問にしよう。貴様達の目的は何だ?」
「私たち、の目的、だと?」
「そうだ。貴様達、ツァラ・トゥ・ストラのだ」

 ストラの目的は全次元世界の制覇にある――タカトはそんな世迷い言を信じるつもりは無かった。はっきり言ってしまえば無理がある。
 何故ならば、現在”見つかっていない”次元世界がごまんとあるのだから。
 管理外世界と言う意味では無い。そもそもとして見つかっていない世界だ。
 そう言った世界が介在するのに、全次元世界の制覇が目的?
 矛盾点を論じるまでも無く不可能である。故に、ストラが声明で言い放った目的をタカトは頭から信じていなかったのだ。

「我々の、目的は、全ての世界を……!」
「制覇するつもりなぞ言うまいな? そんな戯言、信じるつもりは無いぞ?」

 管理内、管理外世界などの発見された世界限定ならまだ信じる余地はあったがな。

 そうタカトは続けようとして。でも、出来なかった。提督が笑いを浮かべたから。タカトの目が細められる。

「……何がおかしい?」
「はっ、はっ、はぁ……! これが、笑わずにいられるか!? まさかそこまで知らなかったとはな!」

 まるで一つ一つの笑いに渾身を込めるかのような笑い。心底タカトを嘲るような笑いである。
 吊り上げられた自分が勝者であるかのような。タカトの目を見て、提督は笑い続けた。

「言え。貴様達の目的は何だ?」
「ふ、くく……」
「殺すぞ?」

 目が細められる。混じりっ気無し、本気でそれを行うと言う証でもある。同時に激烈な殺気――それだけで、世界が軋みを上げるそれを提督は受ける。
 だが、それでもこの男は笑って見せた。あるいは、こちらの拷問に耐える事でこの男は快感を覚えているのかも知れない。
 SとかMとか、そう言ったものでは無い。こちらがそうまでして必死に聞き出そうとしている事を、例え死のうが抵抗し続ける事で一矢報えると言う快感だ。

「……私には一人の娘がいる」
「…………」
「リリアナという……可愛い娘でな。遅くに授かった娘だから、とても大切にして来た」
「貴様の身の上話しなんぞに興味は無い」

 タカトはあくまでも冷淡に答える。だが、提督は構わず続けた。いや、一人の父親は。

「……不安なのだよ。娘が不幸になったりしないか」
「……なんだと?」
「犯罪に巻き込まれたりしないか? なんらかの事件に巻き込まれたりしないか? 誰かに殺されたりしないか!? ……不安、なのだ」

 タカトは提督の言っている事が寸分も分からなかった。だが、必死に何かを訴えている。それだけは分かった。

「……だとするならば、皮肉だな。そんな心配をした父親がテロ行為か? さぞ娘も悲しんでいる事だろう?」
「別にいい」

 ――その返事に、タカトは思わず呼吸を止めた。今、この男はもっとも大事にしていると言う娘に忌み嫌われる事に対して、何と言ったのだ?
 目を見開いたタカトに、提督は笑う。

「別に、いい」
「何故だ? 何故そう思える?」
「ははは……! ならばこちらから聞こう。何故、そう思えない?」

 逆に問われる。提督の嘲笑うかのような表情がカンに触る。タカトは表情を消して答えた。

「……質問しているのはこちらだ」
「答え、られないか!? はははははぁ! 滑稽だな……! 天下のナンバー・オブ・ザ・ビーストがこんな事も分からないのか!?」

 本当に滑稽だ。そう提督は笑い続けた。どこまでもどこまでも、タカトを嘲笑い続ける。いい加減に苛立ちが頂点を迎えかけた。
 襟首を掴んでいる指に更に力を込める。嘲笑い続けた提督の呼吸が止まった。それでも笑い続ける。
 ……タカトは指の力を緩めるしか無かった。

「……ふ、あ、あ、は、はは、ははは! 殺せばよかったものを……!」
「…………」

 タカトはやはり無言。まさか、約束があるから殺せ無いなどとは言えない。それは、タカトにとって敗北を認めた事になるから。
 提督は未だ吊されながらも笑いを止めなかった。そして。

「我等の目的とは何かと貴様は聞いたな……」
「……?」

 いきなり語り出した提督に、タカトはまたもや疑問符を浮かべた。ここに来て、いきなり自分達の目的を話し出した彼に。
 命が惜しくなったか? いや、違う。この男はそんなタイプでは無い。なら、どういう事なのか。
 思考を巡らせるタカトに提督は再び笑った。どこまでも、どこまでも人を嘲る笑い。それがタカトの目に焼き付いて――。

「我等の目的は――!」

 直後、提督が動いた。右手がズボンのポケットに突っ込まれる。そこから出たのは、拳銃だった。
 グロック17。第97管理外世界、地球において有名な自動少拳銃である。
 当然、管理局の嫌う質量兵器にあたる訳だが当の管理局に争いを吹っ掛けた彼等が、そんなものを気にする筈も無かった。
 提督は引き抜いたそれを、迷う事無くタカトの額に突き付ける。だが、タカトはそれに冷たい視線を向けるだけだった。
 彼からすれば、拳銃など撃たれてから躱せる程度のものでしか無い。もし躱せなくても、ハンドガンならば金剛体でいくらでも弾ける。そんなものをタカトが恐れる要因はどこにも無かった。

    −弾!−

 乾いた、軽い炸裂音が鳴る。拳銃から響いた火薬式の銃声はわりと地味な音だった。タカトはそれに対し、身体ごと逸らす。右半身になるようにして半歩を後退。それにより頭一つ分右にズラしたのだ。結果、回転する銃弾が左の頬を掠めて通り過ぎる。それを尻目で確認し、提督へと視線を戻して――絶句した。
 タカトに向けられていた筈の銃口が移動していたから。提督自身のコメカミに!
 彼は自ら銃口をそこに押し付けていた。その顔に浮かぶ表情に恐怖は無い。
 ただ、嘲っていた。
 タカトを誰よりも、世界中の誰よりも彼は嘲笑っていた。その嘲笑のままに吠える!

「――”全次元世界の人類から全ての争いを無くす事だ”!」
「な……」
 
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