魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十六話「だから、さよなら」(前編)
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夜の繁華街。そこは、たとえ夜だろうが絶え間無く明かりが灯る。それを静かに見下ろしながら彼、イクスカリバーは、懐かしさに浸っていた。
見れば、どこも彼等と見た場所ばかりである。
神庭家に来て二十五年。彼が今まで歩んだ人生からすれば、ごくごく僅かな時間。だが、ある意味において”家族”と過ごした時間と言う意味においては長い時間であった。
彼がまだ人間であった時でさえも、これ程長くは家族と共には居なかったのだから。だが……。
「……何を見ている?」
唐突に背後から声を掛けられる。一瞬前まで、確かに誰も居なかった筈なのにだ。しかし、彼は動じない。何故ならば、動じる必要が無いのだ。イクスは、彼を待っていたのだから。
【随分と遅かったな。そんなに彼女達との晩御飯は楽しかったか?】
「それをフェイト・T・ハラオウン辺りが聞くと泣くぞ」
肩を竦めて、伊織タカトは苦笑しながら腹をぽんぽんと叩く。
「他人の金で喰う飯程美味いものは無いな」
【……まぁ、否定はしないが】
苦笑を漏らす。そうしながら、タカトへと振り向いた。苦笑を続けてこちらを見る彼に、タカトは肩を竦める。
「こちとらする必要のない復元を使い、あまつさえ”見せた”んだ。飯の一つや二つ――百や二百食べたとしても、文句を付けられる言われはあるまい?」
【どのくらい食べたんだ、お前は】
「店の食料を取り敢えず全部食べた……出入り禁止にされた上に、フェイト・T・ハラオウンは、なのは達に借金までしていたな。生まれて初めて借金をしたそうだが、殺意満々の目で睨まれたぞ」
呆れたように聞くイクスに、タカトは飄々と答える。それに、彼はフェイトの顔を思い浮かべながら合掌した。さぞや今ごろ涙を飲んでいる事だろう。
タカトの”目論み通りに”。イクスは再び苦笑した。
【この嘘付きめ】
「ひどい言われようだな」
さも心外とばかりにタカトは肩を竦め、だが彼は構わず続けた。
【事実だろう? 何故、彼女達にあえて魔法が最初から使えた等と”嘘を吐いた”んだ?】
一瞬だけタカトの身体が固まる。それだけで十分だった。彼が反論する前に続ける。
【例のAMFと言ったか。あれは『八極八卦太極図』にも有効だったんだろう? 魔力結合を阻害するジャマーフィールドだったか……それが、”八極素の練り合わせも阻害していた”のだな】
「…………」
タカトは無言。憮然として、彼を睨み付ける。
……その通りだった。AMF、魔力結合を妨害するこれは、呼吸法によって取り込んだ八極素の練り合わせも阻害したのであった。と言っても元々の性質が違うものなので、完全とは行かなかったのだが。八極素の練り合わせが完了したのが、ちょうど左腕を復元した時であった。
……しかし、いくら何でも状況に詳し過ぎる。これは。
「……見ていたのか?」
【タイミング良く、帰っている時に奴達を見掛けたんでな。ま、意趣返しの一種だ。悪く思うな】
悪びれもせずに、彼は告げる。つまり最初から見ていたのだ、彼は。一部始終ならず、全てを。意趣返しと言うのは、紫苑決戦の際ののぞき見の事か。タカトはふて腐れたように横を向く。それは、図星の証であった。イクスは苦笑する。
【……不器用な奴だ。何故、嘘を吐いた?】
「別に、大した理由じゃない」
【嘘だな】
即座に指摘される。楽しげに告げる彼に、タカトは見るからに嫌そうに顔を歪めた――それすらも彼は楽し気に笑う。
【お前の嘘は分かりやすい。癖があるからな。どうせ、フェイト・T・ハラオウンに気を使われまいとでもしたか?】
「そ……!」
【俺に嘘は通じんぞ】
否定しようとして、しかし即座に、釘を指されてタカトが口ごもる。珍しいと言えば、珍しい図だ。そんなタカトに、イクスは苦笑を微笑みに変えた。
【敵に気を使われまいとするか……本当に不器用な奴だ】
ずっと。ずっと、こんな青年だった。彼は懐かし気に思い出しながら、笑う。
伊織タカトとは、そんな青年――否、少年だった。
自分のためには嘘を吐かない。でも、他人のためならいくらでも嘘を吐く。そんな。
だから、その嘘の見分け方もひどく簡単であった。他人の事を指摘されて、タカトが抑揚の無い声になると。ほぼ百%嘘を吐いている。おそらくシオンと、本人以外は気付いているだろう。タカトが苦虫を噛み潰した表情となった。
「……いつか戦う奴達だ。同情を買うのも、恩義に思われるのも欝陶しかっただけだ」
【それは本当の事なんだろうがな。それだけではないだろう?】
苦笑が響く。タカトは仏頂面で、イクスを睨み続けていた。思えば、彼とこんな風に話すのはいつ以来だろうと。
もう、こんな風に話す事も無くなるのだろうと。そう思いながら、ため息に全てを込めて吐き出した。
「もういいだろう。それで、行くのか?」
【……ああ、決めたよ】
今度は逆に、彼の声から抑揚が消える。その返答にタカトは一つだけ頷いた。
……この会話が最後の語らいになるか。
それをなんとなしに悟る。
「そうか、ならお前は」
【”名を取り戻す”。その為に、お前を待っていた】
それが何を意味するのか、タカトは知っている。
”彼”が、”彼”で無くなる事をそれは意味していた。
そうかと頷き、彼に歩み寄る。右手を上げた。
「……イクス」
【ああ】
短い呼び掛けに短い返答。それだけで二人は全てを終えた……最後の別れも含めて。タカトの右手が、彼の額に触れる――。
「さよなら」
【ああ、さよなら】
そして、彼は自らの名前を取り戻した。