魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十五話「墓前の再会」(後編)
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    −閃−

 その瞬間、その場にいる人間は一人残らず固まった。フェイト・T・ハラオウンに届く筈だった指槍。それが別の人間を貫いている光景を見て。彼女を庇うかのように左手を盾にして、そこに五本の指槍を貫かせて止めていたタカトに。
 なのはも、はやても……フェイトも。ヘイルズすらも、彼の予想外の行動に固まる中、ただ一人全く固まっていない人間が居た。言うまでも無い、当の伊織タカト本人だ。左手に五つの穴を穿たれているのに、そこから鮮血が溢れるように吹き出しているのに、なのに!
 タカトの表情はぴくりとも変わらない。感情の変わらない無愛想な顔のまま、左手を貫いている指槍を一つ残らず左手で掴んで、ぐぃっと自らに引き寄せた。
 そこで、漸くヘイルズが我に返る。しかし、その時には既にタカトが前に踏み出して懐に飛び込んでいた。ぽんっと軽く右の拳をヘイルズの腹に押し当てる。

    −撃!−

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

    −撃!−

 ヘイルズの身体中の至る所が、幾度も爆ぜる!
 頭、耳、目、鼻、首、肩、胸、腹、腕、手、腿、膝、臑、足!
 タカトはただ、拳を押し付けているだけ。それだけの筈なのに、ヘイルズの身体中が”殴られたように”弾けたのだ。
 ――浸透勁を極めるとこのような真似も出来る。”衝撃の伝導を操る”事によって、ただ拳が触れているならば、身体を伝って衝撃のみを打ち込むといった真似が。
 物理的に繋がっているならば、例え地球の裏側だろうと衝撃を伝えられる打法。それを持ってして瞬間的にヘイルズへと撃ち込んだ打撃。その数、総計百五十七発!
 全身に余す事無く衝撃を撃ち込んで、タカトが理解した事はただ一つだけだった――今の状況では勝てない。それだけ。
 何故なら、今放った衝撃全てが”軟らかく”変化した身体により受け止められたから。
 まるで、弾性の低いゴムを殴ったような感覚をタカトは強く受ける。身体全てを”軟らかく変化した”のだ。これでは衝撃をどこに撃ち込んでも意味は無い。

「……無駄だ」

 頭の上で呟く声が聞こえる。今度は左手をヘイルズは伸ばした。またもやフェイト達へと。指が伸びて指槍へと変じようとする。

「ふっ!」

 鋭い息吹が、タカトの口から漏れた。同時、押し当てていた拳が開いて、掌がヘイルズの腹に触れる。

    −発!−

 ――直後、爆裂したようにヘイルズが吹き飛んだ。寸勁。密着状態から放つ発勁の一種を持って吹き飛ばしたのだ。ヘイルズが伸ばさんとした指槍は、彼自身が吹き飛んだ事により再び空を切る。

「……っ」

 だが、タカトの顔が僅かに歪んだ。左腕には未だヘイルズの指槍が刺さったままであったから。
 吹き飛んだ筈のヘイルズのだ。それは彼が故意に指槍を残した事を意味する。何故、捕まる可能性を残してまでヘイルズは指槍をタカトの左腕に刺したままにしたのか。タカトは、それを即座に悟った。
 ”腕の中を何かがはいずり回る感覚を受けて”。故にその判断もまた早かった。
 タカトは右の貫手を作ると、迷い無く左の肩口に突き刺す!

    −裂−

 太い繊維質を断ち切るかのような音が鳴り響く。同時にタカトの左手は、肩の付け根からちぎれ飛んだ。

「……あ……」
「タカト君!」

 ゆっくりと、スローモーションで映る宙を舞うちぎれ飛んだタカトの左腕。噴き出した血が、フェイトの顔を汚す。
 なのはの悲鳴が響いて――それら全てをタカトは無視した。自分の左手をあっさり見捨てて駆け出す。驚いたのはヘイルズである。自分の左腕を、ああもたやすく捨てるなぞ想像の埒外だったのであろう。未だに吹き飛ばされて、空にある身体にタカトが追い付くまで驚愕に固まる。
 再び我に返るまでに、タカトは成すべき事を終わらせていた。地面を這うように駆けながら、右の貫手を手刀に変化。身体を引き起こしながら跳ね上げる。

    −斬!−

 手刀は軌道上にあるものをあっさりと斬り捨てた。つまりヘイルズの右腕を。それに彼は失策を悟った。今ので人質を取る機会を完全に逸したのだ。タカトの左腕に突き刺したままの右指槍。それを斬り捨てられたのである。擬態を作ろうにももはや遅い。既に指槍は完全に切り離されているのだから。そして、それに気を取られている暇は更に無かった。

    −撃!−

 タカトが手刀を放った体勢から身体を起こしがてら突き蹴りを放つ。それは真っ直ぐに、ヘイルズの鳩尾に突き刺さった。だが、当然帰って来るのは例の感触。軟体化による打撃無効。今の一撃も意味は無い……そんな事は百も承知だった。
 タカトの狙いは、ヘイルズを”吹き飛ばす”事にあったのだから。
 平行に飛んで行くヘイルズを尻目に、タカトは蹴りを放った体勢から前へと重心を倒す。蹴りを真下、敷石に叩き付けた。
 震脚。それも空歩を一切使っていないそれを、タカトは躊躇無く叩き付ける。そして、変化は起きた。

    −轟−

 タカトの足元から放射状に前へと地面が爆砕する! それは、ヘイルズの着地点までも含んでいた。
 そこから、後ろのなのは達は、そしてヘイルズは驚くべきものを目にする。
 爆砕した地面。それが集まって、まるで津波のように波打っていたのだから。タカトが震脚で引き起こした現象がまさにそれであったのだ。魔法も使わずに、爆砕して吹き飛んだ土や石の飛ぶ位置を全てコントロールしたのである。驚くべき技術であった。
 ヘイルズの頭上に高々と上がる土と石の津波。その上に、タカトはサーファーよろしく波に乗りながらヘイルズを見下ろし、ぽつりと口を開いた。

「打撃も斬撃も効かなくても、”窒息”はどうだろうな?」
「――――っ!?」

 その言葉にヘイルズはタカトの目論みを悟り――全てが遅かった。
 津波が崩れ、その身体を飲み込む! 悲鳴すらも掻き消して、やがてヘイルズの身体は小高い山の下へと消えた。

 
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