魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十五話「墓前の再会」(中編1)
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秋空の下。ゆるりと吹く風の中で、銀髪の少女と見まごう女性が丘の上で歌っていた。
目を閉じて、胸に手を当てて。風を感じながら、風を楽奏にしながら、彼女は歌い続ける。優しく、切なく、歌い続ける。
眼下に見えるはお墓。そこには彼女の親友と、そして彼女が生涯ただ一人愛したヒトが眠っている。
だが、彼女は墓参りをしない。ただ、歌い続けるだけである。
生前、彼が好きだったこの歌を、彼がよく口ずさんでいたこの歌を、月に一度、ここで歌う事が彼女にとって当たり前となっていた。そして最後まで歌い終わると、彼女――神庭アサギは、頬を撫でて行く風に歌の余韻を感じながら、そっと目を開けた。目に映るのは、眼下に広がる墓地では無い。雲がたなびく、青空であった。暫く、そうやってジっとして。やがて、いつもの微笑を浮かべて後ろを振り向いた。
今の今まで、ずっとただ一人、自分の歌を聞いていた観客へと。
「どうだったかな? イクス君?」
ニッコリと笑いながら、その”人物”に問い掛けた。
彼女の息子たる神庭シオンが融合騎剣、イクスカリバー、略称イクスは、その問いに頷く。
【いい歌だった。奴の好きな歌だったな】
「……うん♪」
はにかみながら笑う。それを見て、イクスは眩しそうに目を細めて苦笑する。笑いを顔に張り付けたまま立ち上がった。
【久しぶりに聞けて良かった。これで、心置き無く行ける】
笑いながら告げる言葉に、今度はアサギの顔が曇る。イクスが困ったように再度苦笑した。
「どうしても、行っちゃうの?」
【……ああ】
簡潔な一言と共に頷く。そして、アサギの顔を見ないように空に視線を向けた。
感傷では無い。
のどかな昼前の秋空は、気持ちのいい静寂を奏でる。
……感傷では、無い。
でも、泣きたくなった。
だから、その前に続ける。
【シオンは刀を抜いた。そして決意したんだ。今のあいつならば、十二分に資格がある。俺の真なるマスターになり得る、資格が】
だから――笑いながら、イクスは続ける。アサギの顔を見ないようにしながら。
【……だから、俺はイクスと言う仮の名を捨てよう】
何処までも、その言葉が響いて行く。それが意味する事は、たった一つであった。それをアサギは知っている。あるいは、前マスターであったタカトも。
アサギは少しだけ俯くと、一つ頷いて、顔を上げる。イクスを真っ直ぐに見据えた。
「シオン君に、課すの? あの、”試練”を」
【……ああ。その為に、トウヤに頼み込んだのだから。あいつのEU行きをな】
イクスは笑いながら、頷く。アサギは一つだけ息を吐くと、笑った。それは、彼女にしては珍しい苦笑と言う名の笑いであった。
「……そっか」
【ああ、そうだ】
イクスもまた頷く。二人の間に風が走り抜け、暫く二人はそのまま佇んだ。やがてイクスは踵を返すと、彼女に背を向けて歩き出した。
【ではな、アサギ。次会えるかどうかは分からないが――その時を楽しみにしていてくれ】
「うん……待ってるよ。あなたにまた会える日を」
イクスは笑い。ゆっくりと歩いて、その場を去って行った。アサギはその背が見えなくなるまで見送り、さてと墓参りに来ている筈のシオンと合流しようと、眼下に視線を向けて。
「え?」
これまた珍しく、唖然としてしまった。アサギが見る先、そこに信じられ無い人物が居たから。
それは二年前から姿をくらまし、ずっとずっと、自分に会おうとしなかったヒトだったから。
呆然とするアサギは、そのままぽつりと名を呼ぶ。”彼”によく似た容姿の”息子”の名を。
「タカト、君……?」
呆然と告げられた人物。伊織タカトがアサギの見る先に居た。
シオンと真っ直ぐに対峙しながら、そこに。