魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十五話「墓前の再会」(前編)
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「神、無」
−撃−
呟かれた一言と共に、胴の真ん中を拳で撃ち抜かれて、男は笑った。
……決まったな。
そう、一人ごちる。同時に、自分の最も重要な何かが砕けた事を理解した。
笑うその男に、拳を撃ち込んだ少年はただ呆然としている。信じられないと、その大きく見開いた瞳は語っていた。
「親、父……何故……? なんで!?」
「そう、叫ぶんじゃねぇよ」
にっと笑い。拳を引く事を忘れた少年の頭を撫でてやる。そう言えば、息子の頭を撫でたのは初めてだった。思わず苦笑する。
何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も!
そうしてやりたいと思っていたのに。それが叶うのが、こんな形でとは。
……皮肉、だよなァ。
あるいは、これが罰なのか。自分が犯した、罪の。もしくは褒美なのか。最後の最後に、それだけは叶えてくれた、男が最後まで抗い続けたカミの。苦笑する男に、少年は泣きそうな程に顔を歪めた。
「避けられた筈だ……! あんたなら、今の一撃を! なのに……!」
「……無理だろ。あれは、躱せやしねぇよ」
言いながら、男は崩れ落ちた。地面に倒れる前に、少年がその身体を抱き留める。
「おや、じ……! 親父!」
「……まだ、そう呼んでくれるんだな」
それが、たまらなく嬉しかった。いつの間にか、自分を抱えられる程大きくなった息子が誇らしかった。
男は満足気に笑う。だがその顔には、あまりに生気が無い。
「父上……」
「おぅ、お前か」
ふらりと背後に現れた少年にも、彼は笑う。もう一人の息子、一番上の子供だ。彼もまた、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。男は、そんな彼に手招きする。
それでさえも、全力を込めなければならなかった。少年も、男に縋り付く。
「なんでだ、ね。なんで……!」
「……お前には、いつも辛い役を任せちまうなぁ。悪い……」
彼の頭も撫でてやる。その手を必死に彼もかき抱いた。啜り泣くような彼に、男は笑う。笑い続ける。
「ここまで来たら、一番下の顔も見たかったもんだな……」
「シオン、だ」
男を抱き留める少年が、俯きながら告げる。男は問い返す前に少年は続けた。
「神庭、シオン。それが、あんたの息子の、俺達の弟の、名前、だ」
ところどころ、詰まりながら少年は最後まで告げる。一瞬だけ呆然として、やがて満面の笑いを浮かべた。
「そうか……はは、そうかそうか、シオン……アサギは良い名前をつけたな。顔見たかったもんだがなぁ」
「まだ、見れる。このまま生き残れば――」
「そいつぁ、無理だな」
男は力無く首を横へと振と、そのまま続けた。
「俺が生き残っちゃあ、矛盾は生まれねぇ。魔王が魔王を滅ぼしたっつぅ、矛盾がな。殲滅者システムも、調律者システムも、そのまま、残っちまう」
「だからって!」
少年は、叫ぶ。もうどうにもならないと分かっていながら。それでもと。だが、男は構わず笑い続けた。
「終わらせなきゃ、ならねぇんだ。誰かが、な。こんな、下らないシステムをお前達がしょい込む必要はねぇさ」
「……もう、いい。もういいから……!」
これ以上喋るな。そう言おうとして、だが男はそれにも首を振る。
「この矛盾を持って、殲滅者システムは完全に崩壊する。元々無理があるシステムだからな。壊れるのは、簡単、だ」
告げられる言葉に、少年二人は全く何も言えなかった。全力を尽くして、男が何かを伝えようとしている事を理解したか。
全く、反論の余地も何も無い言葉。それを、何と言うか。
妄言。もう一つある――遺言。
男の言葉は、明らかに後者だった。
「これで、お前達が殺し合う事は、なく、なる。……はは、最後の最後に親父らしい事をしてやれたかなぁ……?」
「最後、とか、言うな……!」
男の頬に落ちるものがある。水滴、あるいはこう呼ぶ。涙だ。生まれて初めて、少年は涙を流していた。
母の腹から産み落ちた時でさえ、泣かずにヒトを虐殺していた、少年が。
それは確かな感情の発露。幸せを喪失ってしまった筈の少年が、未だ壊れきっていない確かな証であった。
男はそれにも微笑むと、直後、その身体がさらさらと塵へと化していった。
「親、父……!」
少年達が、男に縋り付く。だが、男は構わず微笑み続けた。
「俺は、幸せものだな」
息子の腕で逝けるなんて思っていなかった。最低最悪の死に様が自分を待っていると思っていた……野垂れ死にが正しい姿だと。
だが終わってみれば、こうして息子達の腕の中にいる。それが嬉しいと同時に、ひどく寂しかった。
ああ、そうだ。本当はこんな人生なんて嫌だった。家族と一緒に居たかった。息子達と共に暮らしたかった。伝えたい事が、たくさんあった……愛していると、ずっと言いたかった。
今更、そんな事に気付くなんて。
だが、死は待たない。男の身体は塵となって消えて逝く。
……カミさん、カミさんよ。ひどいじゃねぇか……今更、こんな事に気付かせるなんて。
今更、こんなに死にたくないなんて思わせるなんて!
もう、声に出す事もできない。ただ視界に映る息子達の泣き顔しか見れなくて。
息を吐く。まるで全ての人生を注ぎ込んだような、そんな長い息を。
……殺生、だなぁ……。
呟き。ぐっと息を、飲んだ。
最後でいい。これが最後でいい。ただ一つだけ、息子達に遺したい言葉がある。だから、男は声を紡いだ。
「いつまでも、元気で、な。幸せで、な」
笑顔で、たった一つの言葉を遺して。
そうして、男は完全に塵となり世界から消えて逝った。
少年達は、それでもしゃがみ込み、悲しみに打ち震える。
喪失ったものがあまりに大きくて。そして、二人は同時に絶叫を上げた。痛みに震えながら、悲しみに涙しながら。
ただただ、その場で泣き叫んでいた。
――伊織コウマ。
魔王と恐れられ、運命に抗い続けた男の人生はこうして幕を閉じた。
そして、これより始まる。
『天使事件』と呼ばれた事件の、最後の戦いが。
静かに、幕を開けた。