魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十四話「それでも、知りたくて」(後編)
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 ごぽっと音が鳴り、神庭シオンは目を覚ます。グノーシス『月夜』ナノ・リアクター治療室。そこにシオンの姿はあった。
 昼過ぎからナノ・リアクターが空いたので、遅まきながら治療を開始したと言う訳だ……シオンとしては後々の事を考えると、寧ろまだ入院して置きたかったのだが、例の手紙に書かれていた内容が内容だったので引き延ばす事も出来なかったのだ。
 トウヤの事である。更なる地獄を用意すると言えば必ず用意するだろう。
 ナノ・リアクター内の溶液(これがナノ・マシン)が排出され、シオンはやれやれと中からはい出る――と、声が掛けられた。

「うふふふ……気分はどうかしらぁ……」
「うーん。まぁ、痛い所はどこもって、待てぃ!」

 普通に受け答えしようとして、思わずシオンは叫ぶ。慌てて前を隠しがてら周りを見渡すと、そこには異様に伸びた前髪に白衣の”女性”が居た。
 そう、女性である。ちなみにここは女人禁制の男性用ナノ・リアクター治療室だ。つまり女性の立ち入りは厳禁の筈なのだが。何故か、その女性は自然にここに居た。シオンを見て、うふふと伸びた前髪の向こうで笑う。某リ○グの○子を彷彿とさせるその女性は、シオンに向けてビッとサムズ・アップして見せた。

「……うふふふ、なかなか」
「なかなか!? なかなか何だよ!? てか、何であんたがここにいる!? それより何より着替え寄越せ!」

 とりあえずはナノ・リアクターの後ろに隠れつつシオンが喚く。それにもやはり彼女は答えず、うふふと笑うのみであった。
 深海(ふかみね)女史。
 グノーシスにおける。封印指定研究である筈のナノ・テクノロジー研究をただ一人任されている女性である。見た目はこんなだが、当然頭の出来は人より遥か上だ……性格が壊滅しているが。
 とりあえず深海女史が放ってくれた服を、ナノ・リアクターの後ろでごそごそ着替える。

「……うふふ。それで、どうかしらぁ? 痛む所とかある?」
「いやまぁ無いですけどね。で、なんであんたがここに――」
「そんな細かい事はどうでもいいのよぉ」
「細かくないし!」

 吠えるが、やはり深海女史は聞こえて無いとばかりにうふふと笑い続ける。そんな彼女に、シオンはため息を吐き出した。
 この二年間、グノーシスを離れて漸く認識した事だが。この組織、あまりにも変人が多過ぎなのでは無いだろうか。
 アースラに居た皆がこうして見るとまともに思えてくるのだから不思議である。
 とにかく、素早く服を――管理局武装隊の服だ――に着替えると、シオンはナノ・リアクターの後ろから出て来た。

「……まったく、なんでこんな所に入って来るんだか」
「うふふふ、強いて言うなら知的好奇心のなせる業よぉ〜〜」
「いや意味分からんし」

 ツッコミつつ、シオンは軽く身体を動かして具合を確かめて見る。流石のナノ・リアクターであろうとも魔力枯渇はどうにもならないが、怪我は完治していた。
 普通ならば全治数カ月の怪我が僅か二時間足らずで快復している事にシオンはちょっとした感動を覚えつつ、苦笑する。

「どう? 何か問題ないかしらぁ?」
「はい、大丈夫です」
「そう……おかしいわねぇ」
「ですねー。て待てぃ」

 思わず流しそうだった深海女史の台詞にシオンは呻きながら留める。おや? と、首を傾げる彼女を睨みつけた。

「そら、どう言う意味だ」
「……うふふふ、何か聞こえたかしらぁ」
「きっぱりと聞き逃せん事が聞こえたわ!?」
「そう? まぁ、気にしたら負けよぉ」
「……もーいいや」

 何故か快復した筈なのにどっと疲れを覚えてシオンは肩を落とす。だが、このままと言う訳にもいかずにシオンはナノ・リアクター治療室の外へと歩き出した。

「うふふふ、また怪我したらいらっしゃいなぁ。最短で治してあげるわぁ」
「いや、だからここは男用だと……いいや。んじゃ、お世話様〜〜」

 ツッコミを入れるのにも疲れを覚えて、シオンは開いた自動扉を潜って外に出る。うーんと、伸びをした所で。

「おーシオンじゃんか」

 そんな風に横から声を掛けられた。視線を向けると、赤の髪を三編みにした、一見すると小学生じみた女の子、ヴィータと、桃色の髪をポニーテールにしたすらりと背の高い女性、シグナムが居た。
 笑いながら、こちらに歩いて来る。シオンはぺこりと頭を下げた。

「ども。ヴィータさんとシグナムもナノ治療で?」
「ああ。つい先程、終わった所だ」

 シオンの問いに、シグナムが微笑して頷く。ヴィータも腕を組んで、ちらりと出て来たナノ治療室に視線を向けながら苦笑した。

「……お前、まーたやらかしたらしいよな。ほんと、飽きないって言うか何て言うか」
「いや、まぁ」

 頬を指で掻いて視線を泳がせるシオンに、ヴィータはため息を吐いた。

「ま、いいけどよ。あんまし、はやて達に迷惑掛けんなよ。ただでさえお前、トラブルメイカーなんだから」
「いや、そんな好き好んでトラブルに首を突っ込んでるみたいな言い方せんでも」
「違うのか?」

 こちらはシグナム。彼女にしては珍しく悪戯めいた笑い顔で聞いて来る。シオンはげんなりと肩を落とした。

「勘弁してよ。俺は平和主義者なんだから」
「「…………」」
「せめてツッコんでお願い」
 
 黙ってしまう二人に、シオンは懇願する。そんな彼に二人は顔を綻ばせた。

「ところでシオン。お前、刀を抜いたとか聞いたが?」
「そうだけど。それが?」

 どこから聞いたんだろうと首を傾げつつ、シオンはシグナムに聞き返す。すると、彼女はふふと笑った。ぽんっとこちらの肩を掴んで来る……嫌な予感がした。このパターンは。

「よし。なら、話しは早い。早速――」
「だが断る」

 笑う彼女に、シオンは即断で台詞を皆まで言わせずに切って捨てる。ぴしりと固まったシグナムからきっかり三歩下がると、一礼した。

「じゃあ、俺はこれからトウヤ兄ぃの所に用事があるから」
「待てシオン! 私は最後まで用件を言って無いぞ!?」
「聞かんでもわかるわ! どうせ、模擬戦しようとかそんなんだろうが!?」

 吠えながらシオンは、これまでのアースラでの彼女の実績を思い出していた。始まりは嘱託魔導師試験に於ける模擬戦。次は、初出動の後に散々模擬戦を挑まれた。最後は聖域での戦いの後か。
 その後はごたごたしていた事もあり、模擬戦どころでは無かったが、どちらにせよ尋常な数では無い。既にシオンもシグナムのバトルマニアっぷりはよく理解していた。
 そんなシオンに構わず、シグナムは再び肩をぐわっしと掴んで来る。こちらを真剣な顔で見つめた。

「いいかシオン。聞いた話しだが、お前が刀を使っていたのは五年も前だそうだな?」

「うん、まぁ」

「それでだ。もし刀を実戦で使わざるを得ない状況に陥った時。そんなブランクを挟んだ状態では上手く使えないだろう?」

「いや、実戦のが先だったんだけど」

「だからだ。私と模擬戦をする事で刀を使う感覚を取り戻すと言うのは――」

「うん却下。じゃあ俺はこれで」

「ああ! 待つんだシオン!」

「……今度は何さ」

 若干どころか完全にぐったりとして、呻きすらをも上げながらシオンは聞き返す。シグナムは真っ直ぐにシオンを見据えた。

「細かい事は抜きにしよう。私とお前の仲だ。熱く刃を交えた、言わば好敵手(とも)……だからこそ、私は刀を使うお前と戦ってみたい」

 いろいろツッコミ所満載な台詞を、熱く、熱くシグナムは語り掛けてくる。肩を握る手にもやたらと力が入っていた。

「だから、是非私と戦って欲しい。頼む」

 最後に、そう締めくくった。その台詞に、シオンも感じ入ったかのように頷く。

「……熱い、熱いな。シグナム――でもな?」

 シオンは無念そうに首を振る。横にだ。シグナムが更に肩を握る手を強めて来る――かなり痛い。

「何故だ!? 何故そうまでして断るんだ、シオン……!?」
「何故か? そんなの決まってる。決まってるんだシグナム――」

 ふっと頭上をシオンは見上げる。その顔は傍目から見ても辛そうに見えた。瞳から涙が零れ落ち、そして。

「――模擬戦にかまけて、トウヤ兄ぃのおしおきをこれ以上増やしたく無いんだ」
「…………」

 凄まじく真剣な顔で、情け無さ過ぎる台詞をシオンは吐く。あまりにもあれな理由にシグナムの肩が若干コケた。直後、シオンの目がきらりと光った。力が抜けた瞬間を見計らってシグナムの手から抜け出す。

「あ! こらシオン!」
「てな訳で、俺がまだ生きてたらって事で――! ヴィータさんもまた――!」
「おう。頑張って来いよー」

 一連のやり取りを呆れ切った目で見ていたヴィータが頷くのを尻目にシオンは駆け出す。
 気は進まないが、トウヤの部屋へとだ。時間を掛ければ掛けるほど、後の”地獄”とやらは洒落(しゃれ)にならなくなると言う事もある。
 そんな訳で、シオンはとにもかくにも走って行った。

 
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