魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十四話「それでも、知りたくて」(中編)
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 『月夜』病室。
 ティアナとなんやかんやあった後、午後の陽気――なんてものは当然無いこの月にある病室で、シオンはくぁぁぁぁっと、あくびをかく。
 今、病室には再び戻って来たスバルと、相変わらず読書を続けるティアナ。そして、エリオとキャロが新しく来て居た。
 なお、例の『一撃必倒シチュー』については、スバルにきっちりと文句を言っておいた――今の内に言っておく事は言って置かないと、後々に恐ろしい事になりそうだと直感が最大警報を鳴らしたのだ。
 結論は『なら美味しくなるまで頑張るよ!』と言うものであり、良かったのか悪かったのかは分からない。その場に居たティアナには責任取りなさいよとか言われたが。

 ……うん。きっと、うららかな午後の陽気が生み出した幻聴だって。

 シオンは即座に、空耳だと勝手に決めつける事にした。自分一人だけ地獄に堕ちてたまるものかと胸中思いながら。
 とまぁ、そんな事がありつつも、昼も過ぎて病室の中で暇を持て余していると。

「おじゃましまーす」

 聞き覚えのある声と共に扉が開いた。現れたのは、シオンにとっての先生達。通称、アースラ隊長三人娘。高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人であった。
 すぐに椅子に座っていた四人が立ち上がろうとするが、先頭のなのはが手を差し出して制する。
 今は、勤務外――これが、どこまで通じるかはシオンも知らないが――の、筈である。その為だろう、四人もあっさりと従って礼をするだけに留まった。
 三人は頷きながら、シオンが寝そべるベットまで来る。シオンは、上半身だけを起こした。

「ども、なのは先生、フェイト先生、はやて先生。すみません、こんな恰好で」
「ううん、そんな大怪我だし。気にしなくても大丈夫だよ」

 苦笑しながら、なのはが首を振る。そして、三人はシオンを上から下まで眺めた。
 青のパジャマを着たシオンの身体は見事に包帯だらけである。足は骨折しているのだろう、ギプスで固定されて吊されている。
 ぱっと見では、無事で無い箇所を探す方が難しい……つまり、それは、それだけの怪我をする程の真似をしたと言う事だ。

「……ほんとなら、この後にちゃんと、”お話し”しなきゃダメなんだけど」

 びくっとシオンが僅かに震えて硬直する。なのはの”お話し”とは、つまり言葉以外のモノが飛んで来ながらのお説教の事である。この二ヶ月、誰よりもそれを受けて来たシオンが硬直するのは当たり前と言えた。そんな硬直したシオンに、なのはは微笑する。

「言いたい事はたくさんあるけど……シオン君にとって、今回の戦いは絶対に一人でやらなきゃいけない事だったんだよね?」
「……はい」

 シオンは神妙に頷く。
 紫苑はシオンが、一人で戦わなければならない存在だった。
 自分や、周りの全てに向き合う為にも。逃げ続けて来た、全てのものと向き合う為にも。
 故に、シオンは迷わず頷く。もし百回同じ事を繰り返したとしても、シオンは百回とも一人で紫苑と戦っていた。その確信がある。例え、お話しされようと、そこは曲げられない。
 そんなシオンの頷きに、なのはは奇妙な懐かしさを思い出していた。それは自分がフェイトと向き合い、一人で戦う事を決意した時と似ている。違うのは、一つだけだ。
 なのはは、フェイトと向き合う為に。
 シオンは、自分と向き合う為に。
 その程度の違いでしか無い。根底に流れるものは同じ『自分の為』だと言う事だった。
 なのはも決して『フェイトの為』だとか押し付けがましい事は口にしない。シオンも『みもりを助ける為に』なぞ、死んでも言わないだろう。
 だから――なのはは、たった一つだけ『そっか』と頷いた。隣では、フェイトや、はやても苦笑している。

「でも、シオン。ちゃんと、色々な人には謝らなきゃダメだよ? 特に、トウヤさんには」
「うぐ……!」

 フェイトが苦笑しながら告げた言葉に、シオンは僅かに呻く。事情がどうあれ、自分が学校を消滅させた事には変わり無いのだ。そして、一番迷惑をかけたのが誰かと言うと、間違い無く異母長兄、トウヤである。
 一瞬にしてバツが悪そうな顔となるシオンに、今度ははやてが悪戯めいた笑いを浮かべた。

「そやなぁー。さっきも通信で話しとったんやけど、かなり怒ってたしなー」
「……ちなみに、どのくらいのレベルで?」
「この前、シオンが怒られたのと同じくらいに、かな?」

 続けるようにフェイトが告げた言葉にシオンはうげっと呻いた。ぶん殴られまくった記憶はまだ新しい。なんせ、三日前の出来事である。
 ……今度は、どんな風に怒られるのかを想像するだけでシオンは身体が震える事を自覚した――その、瞬間!

    −閃−

 どこからともなく、一切の脈絡なく、何か細いものが飛来し、それはそのまますこんっと小気味よい音を立てて、シオンの足のギプスに突き刺さった。

「どおぉおおお!?」

 あまりにもいきなり過ぎる事態に反応が後れたシオンだが、漸く気付いたかのように悲鳴を上げる。それに、他の一同はゾッと後ろに下がる中、ただ一人、キャロがシオンに近付いていく。

「あ、あのあの、シオンお兄さん。矢が足に刺さってるみたいですよ?」
「気付いてないとでも思ったか!?」

 一応、心配はしてくれているが、妙にズレているキャロにシオンは喚く。
 キャロの言う通り、ギプスに突き立っているのは一本の矢であった。矢の尻に紐がついていて、何やら封筒なんぞがぶら下がっている。
 窓も何も無い筈なのだが――何処から飛んで来たのか悩みつつ、シオンは涙目になりながら矢を引き抜いた。

「う、うう――!」

 呆気に取られる一同を置いて、引き抜かれた矢をシオンはベットの上に放り出す。ちなみに、ちょっぴり鏃(やじり)に血がついていたりする。
 完璧に引きまくった一同を気にせずにシオンは封筒を開けた。すると、中から一枚の紙が出て来た。がさがさと乱暴な手つきでそれを広げ、シオンが呟く。

「……と、トウヤ兄ぃからだ」
「あんたら、いつもそんな方法で連絡取ってたの……?」

 顔を引き攣らせながらティアナが聞いてくるが、もちろんそんな訳が無い。普通に念話通信が当たり前である。
 トウヤ流のタチが悪いジョークと言う奴か……若干、殺意が込められているような気はするが。あえて、シオンは気にしない事にした。
 シオンの台詞に襲撃かと思っていた一同もほっと一息吐くと、周りに集まって来る。手紙をシオンと同じく覗き込んだ。

「えっ……と、『緊急特別指令』?」
「勝手に読むなよ。まぁいいけど」

 スバルが読み上げるのに、シオンがちょっと抗議の声を上げるが、それに構わず、今度は横のティアナが読み上げる。

「『シオン。グノーシスを離れたお前と言えど、一応まだグノーシスに籍はある。と言う訳でお前になんか特別な指令を与える。しかも緊急だ』」
「……まだ俺、籍あったのか。てか、なんて出だしだよ。フランク過ぎるだろ」

 書いてあるままを読み進めるティアナにシオンは呻き――硬直した。
 理由は言うまでも無い、続きの文である。固まるシオンを置いて、ティアナは続ける。

「『えーと、最初に伝えておこう。お前に”地獄”を見せようと思う』」

 …………。

 そこで一旦読み上げるのを止めて、シオンを見る。未だ、シオンは固まったままだった。
 もしかしたら、そのまま気絶しているのかもしれないが。ティアナは構わずに先を続ける事にした。

「『あー、だが、ここでお前を生きるのに絶望する程の地獄を与えた所で、お前が社会に対して齎(もたら)した並々ならぬ損害が弁済される訳でも無い。まずは、お前の罪をここにしたためようと思う。先程、長老部からの通達により今年度から経理部が『暴走弟損害弁済費』なるものを予算に入れる事を検討していると、部長自ら私に通達があった。この時点で私はアースラにあるお前のデスクとロッカーを通路に放り出した』」
「…………」

 ちらり、と一同はシオンに目を向ける。だが、シオンは動きを見せていない。

「『及び、我が”第一位直属位階所有者”の予算七十五%カットの旨(むね)が、書面で知らされた。この、管理局に、いろいろと、便宜を計ろうとして、いろいろ、入り用な、この、時期に、だ……! 私はお前のデスクとロッカーを地球の出雲本社に持ち帰り、寒風吹きすさぶ屋上に運び出した』」

 この辺りになると手紙に綴(つづ)られた字がやけに歪んでいびつになっていた。どうも、怒りで筆圧が異常に上がったようである。腕も震えていたのか、字も揺れていた。ティアナは淡々と続ける。

「『間もなくして、カットされた予算の中に、私への賞与(ボーナス)と言う項目を発見した。つまり、私は最低、後一年はボーナスを貰え無いと言う事だ――私が屋上から景気良く音速超過で放り投げたお前のデスクとロッカーが、たまたま視察に来ていた長老部の一人に直撃して、現在意識不明、生死の境をさ迷う程の重傷を負わせたからといって、誰が私を責められよう……!』」

 ここで派手にインクが飛び跳ねていた。おそらくペンが折れたのだろう。

「『――と言う訳で、私はお前に”ただ地獄を見せる”のでは無く、”じわじわと地獄に叩き込む”事にした。……楽しみにしていたまえ。今が天国だと言う事を噛み締めさせてあげよう。ちなみに今日中に復帰せねば、更なる地獄を用意するのでその積もりで、では』……成る程ねー」

 手紙を二つに折り畳み、ティアナはうんうんと頷く。他の面々も同じくだ。ただ硬直するシオンのみが取り残され――。

「至極、妥当な判断ね。頑張ってね、シオン。めげちゃダメよ? 現実は変わらないわ」
「なんでじゃあぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ――――っ!」

 何故か納得する一同に、シオンの全力の絶叫が白い病室に響き渡る。
 かくして、そう言う運びに話しはなった。

 
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