魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十三話「刀刃の後継」(後編)
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イクスが窓からみもりを担いで飛び出した直後に、その背後の教室から轟音が響いた。
おそらく二人がまた激突した余波で教室が崩れたか。イクスは後ろ髪を引かれる思いで、だが振り返らずに飛んで行く。
今、弟子であり、主でもあるシオンにとって、最も助けとなるのはみもりを戦闘の巻き添えにしない事であった。
その為にもイクスは意識の無いみもりをこの場から離すべく飛んで行く。
それに何より、奴は――。
そう思いながら、イクスは結界の境界線に辿り着く。本来なら、ここで結界をどう抜け出すか算段をつけねばならない。だが、イクスは構わず結界へと飛んで行き、あっさりと結界を突き抜けた。それを確認して、イクスは息を吐く。
やはりか、と。
この結界、おそらく最初からシオンにだけ反応するように作られていたのだろう。つまりイクスやみもりが”外に出る”分には、全く反応しないのだ。
……試す気にはならないが、中に入ろうとすれば今度は阻まれるだろう。
それは則ち、もう中には入れ無いという事を意味する。助けには行けないという事だ。
シオンはそれを知っていながら――否、だからこそ、イクスに出て行くように告げたのだろう。
一人で、戦う為に。
シオンのそんな答えに、少しの苦さを覚えながら地面に下りる。それと同時に声が来た。
「あ! イクス!」
「本当……! それに、みもりも!」
響いたのは、若い二人の少女の声。その声は、当然イクスの知る所のものだった。
スバルとティアナである。
イクスは声に顔を上げると、前方の道から、こちらへと駆けて来る五人の姿があった。
それを見てイクスは嘆息する。彼女達が来るのを待って、イクスは声を漸く出した。
【やはり来たか、お前達】
「へ? やっぱりって……?」
イクスの嘆息混じりの声に一同は――正確にはアサギを抜いた一同は、キョトンと疑問符を浮かべる。そんな一同の反応に、イクスは苦笑した。
【取り敢えず最初に言って置くと、みもりは無事だ。寝ているだけだな。そして、さっきの事だが、シオンとな。ああ言っても、お前達はここに来るだろうと話していたんだ】
「そうなんだ……」
「……あいつに行動読まれるなんて、なんか癪ね……」
みもりが無事だった事に安堵しつつ、スバルが感心したように、ティアナは何故か悔し気に声を漏らす。エリオとキャロは、苦笑していたが。
イクスは四人を取り敢えず置いて、アサギに向き直る。アサギはと言うと、イクスの見て、いつもの微笑を引っ込めていた。いつになく真剣な顔で問う。
「イクス君……イクス君がここに居るって事は、シオン君は”抜いた”んだね?」
【……ああ】
簡潔に答える。そこで四人は漸く気付いた。シオンの姿が、ここに無い事を。イクスに慌てて問い掛ける。
「ねぇ、イクス! シオンは……!?」
【奴は戦っている。一人でな】
こちらも即答。イクスは事実のみを四人に告げた。
イクスも無しに、あの紫苑と。一人で……!?
イクスの言葉に、四人の顔が蒼白となる。すぐに門へと向かおうとして。
【悪いが、行せない】
その眼前に立ちはだかるように、イクスは両手を広げて四人に言い放った。そのまま、告げる。
【シオンが戦っているのは自分の過去だ。過去の、最も許せない自分の記憶だ……一人で戦わせてやってくれ】
「でも!? イクスも……デバイスも無いのに!」
【そちらについては問題無い。俺は、もう用済みだ】
「用っ!?」
あんまりと言えば、あんまりなイクスの言葉に、スバル達は目を大きく見開く。イクスは、それに笑った。
嬉しそうに、嬉しそうに――寂しそうに、笑った。
そしてアサギに向き直る。
【アサギ。お前も、シオンの戦いに手を出すつもりは無いのだろう?】
「そうだね。シオン君の戦いに手を出すつもりは無いよ」
こくりと頷く。アサギの返答に、四人は驚愕したように振り返るが、彼女はただ、首を横に振った。結界に包まれた校舎を見上げる。
「シオン君は今、必死なの。必死に、必死に過去と向き合おうとしてる……戦おうとしてるの」
「でも、でも……!?」
「私がここに来たのはね、こうなった時にスバルちゃん達を止めるため、なんだよ」
そう言いながら、ゆっくりとアサギは刀に手を掛ける。
ここに至り、スバル達はアサギの真意を漸く理解した。決して自分達の手助けの為に彼女は来た訳では無い。
自分達を止めるために、彼女は来たのだ。
鞘から抜き放たれた訳でも無いのに、アサギから感じる圧力に、スバル達は沈黙させられてしまう。
そんな彼女達にアサギは『ごめんね』、と告げた。
アサギの謝罪を聞いて、スバルが顔を歪めて叫ぶ。
「心配じゃ――! 心配じゃないんですか!?」
「心配だよ。今でも、すぐに中に入りたいくらいに、心配。……でも」
そんな叫びにもアサギは動じない。ただスバルに同意しながら、頷きながら、言葉を紡ぐ。
自分を睨むスバル達を、優しく見つめた。
「これはシオン君の戦いなの。他の、誰も邪魔しちゃいけない、シオン君だけの……」
「アサギ、さん……」
「だから、信じて上げて。私を許せなくてもいいから、シオン君を、あの子を信じて上げて」
アサギの言葉に、スバル達は押し黙る。
……内心では、理解していた。シオンが、どれだけの覚悟を持って一人で戦っているのか。
でも。でも、それでも――シオンを一人で戦わせるのはイヤだった。
……シオンがいなくなるのは、イヤだった。
どれだけ取り繕おうとも、どれだけ言葉を尽くそうとも、それが彼女達の想い。だから――。
「シオン……」
どちらにせよ、デバイスも無い身では結界も通れ無い。
スバル達はただ、シオンが戦っているであろう校舎を見る事しか出来なかった。
もどかしい気持ちを抱えながら、切ない想いを抱きながら、そうするしか、彼女達には出来なかった。