魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十三話「刀刃の後継」(中編1)
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――夜。シオンの部屋の前で、スバルとティアナは妙な居心地の悪さを感じながら、その背中をじっと見ていた。
自室の中でごそごそと動き回る神庭シオンの背中を。
こちらに一切話し掛けようともせずに黙々と準備をするシオンに、二人は目を伏せ、先程の事を思い出していたのだ。
夕方。風呂から上がった後、慌てふためくエリオから、シオンが飛び出したと聞き、すぐさまスバル達は神庭家を出て、探しに行った。朝のシオンの様子から、嫌な予感がしたのだ。
……だから、お隣りのみもりにも連絡して探すのを手伝って貰って、そしてシオンが出て行って一時間程後、その嫌な予感は的中する。
飛び出して行ったシオンがあっさりと帰って来たのだ。……最悪のニュースと共に。
シオンが帰って来た事に安堵しつつ何があったかを聞こうとして、その前にシオンが暗い瞳でぽそりと言って来た。「みもりが拐われた」、と。
一瞬シオンが何を言ってるのか理解出来なかったが、徐々に理解して、スバル達は慌ててシオンに詳しく話しを聞こうとした。だが、シオンはそれを容赦無く無視したのである。
ティアナがそれに激怒しそうになったが、それも寸前で出来無くなった。
……シオンが、皆にまともな説明が出来ない程に怒っており、それを必死に自制している事が分かってしまったから。
だからスバルもティアナも、キャロも何も言えずにシオンの背中を見ている事しか出来なかった。
そう、その三人は何も言え無かった……だが。
「……一人で行くんですか?」
誰もが口をつぐむ中で、唯一シオンへと問い掛ける存在が居た。
エリオである。彼は、真っ直ぐにシオンを見据えながら問う。
シオンは大した反応を見せ無かったが、ちらりと横目でエリオを見遣る。
「ああ」
素っ気ない、しかし意外にも冷静な声が頷きと共に響いた。すっと立ち上がる。シオンは既にバリアジャケットを纏っていた。
戦いは避けられない事を理解しているのだ。そんなシオンに、スバル達は顔を歪める。シオンは静かにエリオへと視線を合わせた。
「みもりが人質に取られてる。俺一人で行かなきゃ、最悪殺される……それに、お前達はデバイスも無いしな」
「……でも、僕達だって何か出来るかも」
「そうやって、お前達のお守りをしろってか? しかも奴相手に?」
シオンはあくまでも淡々と言う。まるで、言い聞かせるように。
エリオはシオンの言葉に、ぐっと息を飲む。
そんなエリオにシオンは苦笑した。
「あいつは、『刀刃の後継』だった俺の力が使える。それが何でなのかは知らねぇけどな。だが、これだけは言える。奴は俺より強い」
ふっと目を伏せて肩を竦める。そのまま続きを告げた。
「そんな奴相手に、お前達にまで気を回せねぇんだ」
「シオン兄さん……」
最後までシオンの言葉を聞いて、だがエリオはまだ納得いかないと、シオンを睨む。噛み締めるようにして、ゆっくりと聞いた。
「『刀刃の後継』っていうのは、誰なんです? いや、なんなんですか? つまり、昔のシオン兄さんがそう呼ばれていたって事ですか? それが、何で今更――」
だんだんと語尾が強くなっている事をエリオは自覚する。それでも、問わずにはいられなかった。エリオの問いを聞いて、シオンが目を細める。しかし、答えてはくれない。いや、少なくとも即答はせずに、エリオを見つめている。
……答えられないんじゃないんだ。
エリオは――ここに居る四人は、シオンの表情を見てそれを悟った。……同時に、答えてはくれない事も。
後ろ暗いような気分でそう考えていると、シオンはこちらに、つまり部屋の入口に歩いて来た。
問いに答えず、また四人の顔を見ないようにして、横を通り過ぎて部屋を出て行く。
――我慢出来なかった。
エリオはシオンの背中に振り返るなり、吠える!
「何も出来ない上に、何も知らないんじゃ、僕は、僕達は! 本当に足手まといなままじゃ無いですか!」
吠えたその言葉に、ぴたりと、シオンが足を止める。エリオは真っ直ぐにシオンを睨み据えて更に叫ぶ。
「なんで、なにも話してくれないんですか……! そんなに僕達が信用出来ないんですか!?」
「エリオ……」
叫んだエリオに、スバルがぽつりと名を呼ぶ。それと共に、しばし沈黙が下りた。エリオは、ずっとシオンの背中を睨み続ける。言いたいことを全て言った訳では無い。だが、後が続かなかった。やがて、シオンが顔だけを四人に向けた。
「お前がさっき言ったとおり『今更』だよ。なんもかんも、今更の事だ――」
シオンは無表情だった。ただエリオを、スバル達を見据えている。いつもは、どこか優しさを湛えた双眸に、今は厳しいものが浮かんでいた。
「奴は今更、俺の前に現れた。奴は今更、俺を殺そうとしてる。俺は今更、この家に帰って来た。……俺は今更、迷ってる」
「……迷ってる?」
こちらはエリオでは無くティアナが、怪訝そうに問い返した。シオンは黙って頷く。
「いきなり現れた紫苑と俺。どちらが本物の『刀刃の後継』なのか。……でも多分、奴のほうだろうな。本物の『刀刃の後継』は」
「シオン……?」
「俺は偽物だから、ただの『シオン』さ。タカ兄ぃを追っ掛けて、お前達と一緒に戦って、一人じゃ何にも出来ない、落ちこぼれの、何者でもない『シオン』さ」
まるで自嘲するような言葉。だがシオンはそれを何故か自慢気に話す。それで良かったのだ、と言うように。
四人はそんなシオンに呆然となる。シオンは苦笑した。
「大丈夫だよ」
そう言ってシオンはにやりと笑って見せた。それは、あまりにもシオンらしい、当たり前の笑み。
スバル達がいつも知ってるシオンの顔だった。その笑いのままに、シオンは続ける。
「みもりは必ず助ける。んで、お前らが知らない俺の事も、なんもかんもに決着をつけちまうさ。……イクス」
言い終わると同時に、シオンは自らの剣たる存在の名を呼ぶ。イクスは、それに無言でシオンの前に現れた。互いに真っ直ぐに見据える。
「……俺は、さっきの事を謝らない」
【……奇遇だな。俺もお前に謝るつもりは無い】
二人は互いにそう告げると、同時に笑った。シオンが手を差し出し、イクスがそこに乗る。またもや互いにニッと笑った。
「行こうか」
【ああ】
どちらとも無く頷くと、シオンはさっさと歩き始めた。玄関に着くと。ぽつりと、呟く。そこに居た人物に。
「……母さん。ここに居るみんなの事、頼めるか?」
「うん、任せて」
アサギはシオンに何も言って来ない。責める事もしなかった。それで、許すつもりは無いと言う事である。
みもりを取り返して、帰って来る事。それのみがアサギが求める事なのだから。
シオンはアサギに頷くと、足に靴のバリアジャケットを纏う。玄関の引き戸を引いて、振り向かないままにぽつりと呟いた。
「必ず帰って来る。みもりと一緒に。だから」
一息だけ、そこで止める。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。帰って来る為に。
「いって来ます」
家に残ったみんなに向けてそう言い、シオンは返事を待たずに、家を出た。
そのまま、歩いて向かう。
私立秋尊学園。かつての母校。そして、決戦の場へと。
シオンは向かった。