魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十二話「懐かしき我が家」(前編)
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 ――十年前。
 無限に広がる幻想世界、遍く広がるユウオ・A・アタナシアが歌い、作り上げた世界に、震えが走った。
 世界が軋む、軋み尽くして行く。
 その中で、二人の少年は互いの”力”をぶつけ合う! 剣と槍を。

「「おぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおあああああああああああッ!!」」

    −撃!−

    −裂!−

    −閃!−

    −破!−

    −滅!−

 互いがぶつかり合う度に、互いを傷付け、殺し、滅ぼして行く!
 ……それでも、二人は死なない。否、”死ねない”のだ。”EXに達した存在”は肉体のダメージでは死ぬ事は無い。
 数億回の殺し合いを重ねて、槍を振るう少年は剣を翳す少年に叫ぶ。

「タカトォ! もう、止まりたまえ!」
「断るッ!」

    −撃!−

 槍と剣。ピナカと、イクス・カリバーンが再びの激突! その度に、世界が壊れんばかりに軋み尽くす。二人の少年は――。
 叶トウヤと伊織タカトの異母兄弟は、真っ正面から睨み合い、至近で吠え叫んだ。

「アサギさんを、俺達の母さんを、あいつらは……! あいつらは、あんな、あんな目に合わせたんだぞ!? それを許せとでも言うのか! トウヤ兄さん!」

    −閃!−

「そうは言っていない! だが、命令を下した長老部、エウロペアの十賢者は、お前が殺した――魂ごと、殺し尽くした! 転生すらをも叶わぬように! なら、それでいいでは無いかね!?」

    −裂!−

 互いの言葉を乗せながら、互いに取って必殺の一撃が叩き込まれ続けていく。その度に、二人は幾度も死に、しかし即座に再生した。
 互いに殺し、殺された回数、三億四千八百二十九万六千百二十五回!
 それでも足りないと、互いの槍が、剣が。互いを殺していく。

「だから、滅ぼすと言うのかね!? グノーシスを……! 世界を!?」
「そうだ!」
「ッ! この――!」

    −撃!−

 タカトの答えに、トウヤは怒りを現にし、ピナカをぐるりと回す。それで、タカトは後退させられた。トウヤは、その隙を逃さ無い。直後、ピナカが激烈な光を放った。

「大馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 叫びながら、ピナカをタカトに向かい轟速で投げる! タカトはそれを、カリバーンで迎撃せんと上段からの一撃で叩き落とし――。

    −壊!−

    −爆!−

 次の瞬間、ピナカを中心に極大の爆発が巻き起こった。タカトは、それに悲鳴すらも上げられず飲み込まれた。
 十分に一度、攻撃力を無限値へと変換する。それがピナカの能力であり、この爆発も莫大なエネルギー量により引き起きた現象であった。
 トウヤはそれらを見ながら、タカトに向かい叫ぶ。何より、タカトを救う為に!

「それで……! そんな事をして誰が喜ぶ!? アサギさんかね!? ルシアかね!? シオンがかね!? 違うだろう! 誰も喜んだりはしない! こんな事をしても、何も得られたりはしない! 目を醒ましたまえよ! お前は、何の為に戦って来た! ここまで来られた!? 答えたまえよ!」
「だったら――」

 爆発が漸く止む、その中心点で消滅したタカトは時が巻き戻すように再生していく。だが、トウヤへと話しかけるその言葉は、どこまでも悲哀に染まっていた。

「だったら、この憎しみをどこに持っていけばいい……? 悲しみを誰にぶつければいい……!? トウヤ兄さん、答えてくれ。俺は、アサギさんを、母さんを守れ無かった俺は、何をすれば、いい……?」
「知るかね、そんな事」

 タカトの独白。だが、トウヤはそれを即座に切って捨てた。その言葉に、タカトはまるで泣きだしそうな子供のような瞳をトウヤに向ける。彼は、そんな異母弟に微笑んだ。

「お前の痛みも、憎しみも、悲しみも、全部お前のものだよ。まとめて全部お前が抱えたまえ――それが辛いと言うなら、耐えられないと言うなら、私も背負おう。分かち合おう。少しは私に荷を預けたまえよ。私は、お前の兄だよ?」
「ト、ウヤ兄さん……」

 タカトは呆けたように、トウヤを見続ける。それに、トウヤはただ微笑み続ける。

「いいから、もう止まりたまえ。皆が、お前を待ってる」
「お、れは、おれは……! 俺は!」

 それでもと、タカトは顔を歪めながら叫ぶ。カリバーンを握る指に力が篭った。まだ、戦いは終わらない――それを悟り、トウヤはピナカを構えて。

   −ドクン−

 空間を揺るがすような音と共に、まるで心臓の鼓動のような音が響いた。
 その音に、トウヤが怪訝そうに眉を潜める。この音は……?

「あ……」
「……タカト?」

 対峙するタカトが目を見開き、呆然としながら声を出す。その瞳は、身体は、まるで響いた音を恐れるかのように震えていた。
 尋常な様子では無い。
 トウヤは嫌な予感を覚え、タカトに近付く。震え続ける異母弟は、攻撃も何もしない。トウヤに触れられても、分からないようにただ震える。

「タカト……? どうしたね! タカト!?」
【……遅かった】
「イクス……!?」

 今の今まで、黙っていた――否、黙らされていたイクスの声が響いた。遅かったと言う、その言葉の意味をトウヤは問い質そうとして。

    −破!−

 タカトから、正確にはタカトの内から何かが弾けるような音が響く!
 同時、タカトが目を大きく見開いて悲鳴を上げた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁァァァァァァァァァ……! あ、あ、あ……!」
「ッ……!? タカト!?」

 悲鳴を上げたタカトの肩を思わず抱き、トウヤが叫ぶ。だが、悲鳴を上げ終えたタカトは、焦点の合わない瞳でただ呆然と虚空を見ていた。
 呼び掛けにも答え無いタカトに、トウヤは寒気を覚えた。

【リンカーコア、破損。……同時に魂の損傷を、確認した――】
「……なんだね、それは……イクス! タカトに何が起きた!?」

 イクスから響く声に、トウヤは必死の形相で問う。イクスは、それに認めたくないとばかりにしばし無言。だが、ゆっくりと語り始めた。

【EXは無限の霊子エネルギーを瞬間的、かつ永続的に発生させられる。……だが、EXはあくまでもヒトでしか無い。個人で、そんなエネルギーを発生させたら、そのエネルギーを生み出している魂が持たない……】
「……待ちたまえ……」

 何を、イクスは言おうとしている……?

 トウヤは思わず、イクスに制止をかける。だが、イクスは構わない。続ける。

【……タカトは長時間EX化し過ぎたんだ。魂が持つ筈が無い。タカトは、”傷”を負ってしまった】

 ――傷。

 その、あまりにも生々しい響きにトウヤは固まる。目を見開いたまま、未だに呆然とし続けるタカトに視線を戻した。
 タカトが、ゆっくりと口を開く。

「ト、ウヤ、兄さん……? 俺は、何の為に戦っていたんだっけ……? 分からないんだ。なんで、俺は……」
「タ、カ、ト……?」

 さっきまでの叫びが嘘のようなタカトの言葉。そこにあるのは、ただただ虚(うつろ)。
 トウヤがタカトの肩を抱いたまま名を呼ぶ。それにすら、タカトの反応は鈍い。イクスが最後の言葉を紡いだ。

【トウヤ。タカトは……何の感情かは分からない。だが、タカトは、いずれかの”感情”を】

 喪失(うしな)った――。

 イクスの言葉を聞き、トウヤの顔が歪む。嫌々をするようにタカトの肩を掴む手に力が込められた。

「……嘘だ。タカト、嘘だと言ってくれたまえ……! 頼む、タカト――」
「分からない。分からないんだ。”兄者”。俺は……何の、為に」

 ――これが、結果か。

 タカトの声を聞きながら、トウヤは震える。ずっと、ずっと戦い続けて来て、そして迎えたのが、こんな結末か……!
 弟が、感情を喪失ったと言う末路か……!

「こんな、こんな結末が欲しくて、戦って来た訳でも、力を……! 手に入れた訳では、無い……!」
「兄、者……?」
「ッ―――――――!?」

 タカトの、既に変わってしまった自分への呼び名に、トウヤが嫌が応にも思い知らされる。
 もう、タカトは既に変わってしまったのだと。
 迎えた結末に、トウヤの目から涙が零れた。震える口から、何かを言わなくては耐えられ無かった。
 こんな、こんな無情の結末を迎えた事に、世界に、運命に、叫ぶ!

「ッッ――――!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………ッッ!!」

 無限なる幻想世界に響く悲痛なる叫び。弟を救えなかった兄の咆哮が木霊する。
 こうして後に『グノーシス事件』と呼ばれる事件は、最悪の終わりを迎えた。
 救いが、何処にも無い。ただただ無情な、結末を。
 そして、全ては五年後の事件に続く。
 『天使事件』へと――。

 
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