魔法少女 リリカルなのは StS,EXV

□第四十一話「舞い降りる王」(後編)
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 虚空に斉唱するツッコミ。それを満足そうに受け、王たる男、叶トウヤは微笑した。
 脇の空間に突き刺さったままの白槍、ピナカを引き抜き、優雅に振るう。それだけ。それだけで彼は戦闘体勢に入ってのける。
 思わず裏手でツッコミを入れていたアルセイオは、その仕種を見てゾクリと背中に寒気を覚えた。そう、今は戦闘の真っ最中。しかも、この男は――。

《はじめまして、だね? 無尽刀、アルセイオ・ハーデン。噂はかねがね聞いてるよ?》
《……何の噂か、聞きてぇ所だな》

 トウヤの台詞に肩を竦める。強がりではあるが、ここで飲まれる訳には行かない。この語りかけですらも、ペースの掴み合いだと即座に悟ったのだ。
 トウヤはアルセイオの言葉に、微笑し続ける。ピナカをスッと差し向けた。

《そうだね……。君がペンタフォース時代からの大体の経歴等も含めると膨大な数になるが。いいかね? この場で大声で語りが入ってしまっても?》
《俺がガキの時代からじゃねぇか!? いつからの噂だよ!》
《何、敬意を払うべき人の事は最低限知って置くべきだと思ってるだけだよ――そうだね。君が世話になっていた孤児院で最後に粗相をした辺りなぞ、なかなか面白いと思うよ?》
《あーもういい。黙っとけ》

 調子が狂う……。

 トウヤに自分が珍しくペースを狂わされている事をアルセイオも自覚する。だが、それでも。

《…………》

 アルセイオは握る斬界刀の柄に力を込める。目の前に居る男に、ぐっと息を飲んだ。
 どれだけふざけたように見えようと、アルセイオは一切トウヤに対して油断しない。先の投槍だけ見ても、並の技量では無いのが分かったからだ。

 ここから大上段の一撃ぶっ放して、殺れるか……?

《やめておきたまえ》
《!?》

 いきなりの制止に、アルセイオは硬直する。まるで心を読んでいるかのように、トウヤは話し掛けて来たのだ。
 おそらくは、こちらの筋や身体の僅かな動きから”兆し”を見切ったのだろうが、それもごくごく僅かな挙動でしか無い。
 それをいともあっさりと見破られた事にアルセイオは戦慄する。そんな彼にトウヤは微笑し。

《少し待っていてくれるかね。何、時間はあまり取らせないさ》
《……ああ、いいぜ》

 アルセイオはトウヤの言葉に、鷹揚に頷く……正確には、頷かされたが正解だが。
 トウヤはアルセイオの答えに一礼すると、背後に振り返った。そこには、未だに呆然としたシオンが居た。
 アルセイオにつけられた傷も再生が終わっている。トウヤはそれを素早く確認すると、シオンを冷たく見据えた。

《何をしているのだね? 邪魔だ、負け犬……さっさと立って失せたまえ》
《っ!?》

 ビクっとシオンの肩が震える。トウヤは構わない、シオンをただ見続ける。彼は悔し気に唇を噛み締め、震えた。
 それを見て、トウヤはシオンへと近付いた。

《立てないのかね?》
《…………》

 シオンはただ無言。俯き、トウヤと視線を合わせない。そんなシオンに、そうかと呟く――と。

《では、立たせてあげよう》

    −撃−

《か……!?》

 いきなりシオンの顎をトウヤが蹴り抜いた。シオンの身体が、それだけで立たされる。二人の目線がはじめて合った。
 シオンの瞳が怯えるように震える。トウヤの目は変わらない。ただただ、冷たくシオンを見据える。

《立てるではないか》
《あ、あ……》

 トウヤの言葉に、シオンは答えられない。何かを言おうとするが、言葉は詰まり、声にならない。トウヤはそんなシオンに、また近付く。

《それでは説教タイムといこう。殴られるのは当然と思いたまえ。反論は許さん》

    −撃!−

 言うなり、トウヤの右拳が唸りを上げて飛ぶ! シオンの顔をそれは痛打し、盛大に跳ね上げた。トウヤは更に踏み込む。

《お前は何をしているのだね?》

    −撃!−

 跳ね上がった顔に逆側の拳が容赦無く叩き込まれ、そこから続く連撃。シオンは身体ごと、左右に跳ね飛んだ。トウヤは冷たい眼差しのままに、シオンを殴り続ける。

《今の不様さは何だね、お前は? 相変わらずのガキめ。力に振り回されて、それを指摘されて反省のポーズかね?》
《ぐう……っ……!》

 更に続けざまに叩き込まれる拳。それにシオンは抵抗しない。ただ、殴られ続ける。

《過去の貴様が現れたらしいね? ”その程度”で情緒不安定になるのかね、お前は。少しは成長したかと思いきや、全然なってないね》
《……っ!? だったら……!》

 その程度。その言葉にシオンは反応し、はじめてトウヤを睨む。
 そんな風に言われたくは無かった。言わせられる筈が無かった。
 だって、紫苑は殺したのだ。自分の技で、人を。
 そして、殺そうとしたのだ。仲間を、大切な奴達を! それを……!

《何で、その程度なんて言われなきゃいけない!? なら俺はどうすればよかったって言うんだ!?》
《知るかね、そんな事。自分で考えたまえ》

    −撃!−

 吠えたシオンに、今までで一番強い威力を持って拳が打ち込まれる!
 シオンの身体は軽々と吹き飛び、今や無人となった次元航行艦『シュバイン』に叩きつけられた。
 トウヤは、それを見て漸く拳を納める。

《……今のお前は駄々をこねて立ち上がる事を拒否してるガキに過ぎんよ。そんなお前に何かを吠える権利は無いと思いたまえ。力に振り回された? それがどうしたね。それが原因で負けた? それが”今のお前の不様さと”何か関係あるのかね? シオン、違うだろう?》

 シオンは艦に大の字で横たわったまま、それを聞く。トウヤが何を言おうとしているのか、それが分からなくて。
 トウヤはフッと嘆息すると、もう用は無いとシオンに背を向けた。

《……シオン。最後にこれだけは言おう。お前が刀で起こした事件。あの後、お前は半年程自閉症に陥ったね? ……今のお前はその時そっくりだよ》
《……っ》

 思い出したくも無い記憶を掘り起こされ、シオンの瞳が震える。それはシオンにとって、忌まわし過ぎる記憶であったから。トウヤは構わない。続ける。

《思い出したまえ。あの時、部屋から無理矢理タカトに引きずり出された時の事を。そして、”イクスを引き継いだ”時の事を。あの時、再び力を手にする事を決めたお前は、タカトに何と言った?》

 俺、がタカ兄ぃに言った事……?

 あの時、確かに自分はタカトにイクスを渡され、何かを言った筈だ。あれは、確か――。

《私は、覚えているよ。だから、お前がイクスを握る事にも何も言わなかった。だから、お前が家を出て二年間放浪しても何も言わなかった》
《トウ、ヤ兄ぃ》
《――原点に戻りたまえ。迷ったのならば、最初にまで戻ればいい。そして、一番最初の、お前の”想い”を取り戻したまえよ。……以上だ》

 それだけ。それだけを言うと、トウヤはぐるりと、視線を巡らせる。ある一点でその視線は止まった。スバルと、ノーヴェに。微笑する。

《済まないが、愚弟を頼むよ》
《あ……》

 その言葉にスバルは一瞬、返事を忘れた。ノーヴェも同じく、だ。トウヤは二人の返事を待たない。相対すべき敵、アルセイオの元に向かい、肩を竦める。

《いや、済まないね。時間を取らせた》
《構わねぇさ。あれで、坊主が立ち直るんならな》

 アルセイオも、また笑う。彼だけは、トウヤの意図を正しく理解していた。
 何のかんのと言っても弟の事が心配だったのだろう――態度には一切出さない為、分かりにくいが。
 その為の説教であり、そして”戦闘に巻き込まない為に”殴り飛ばしたのだ。
 そうでなければ、ああも吹っ飛ばす必要は無い。

 ……俺の周りは不器用な奴達ばかりだな。

 人知れず苦笑して、そう思う。それには当然、自分も含められる。
 斬界刀を、トウヤに差し向けた。

《んじゃ、始めるとするかい?》
《そうだね――ああ、そこらで戦ってる負け犬諸君?》
《誰が負け犬か!?》

 その言葉に、今も激しい戦闘を繰り広げていたグノーシス・メンバー達が一斉に叫ぶ。トウヤはそれに心外とばかりに眉を潜めた。

《負け犬は負け犬だろう? 本局決戦で敗退したのだから。もう少し使えると思ったのだがね? いや〜〜これは私の失策だった。君達がこれ程までに使え無いとは……》
《野郎……!》

 トウヤの台詞に、コルトを始めとした一同が盛大に唸る。それを見て、トウヤは婉然と微笑んだ。

《まぁ、そんな事はいいのだよ。今から彼と戦うのでね? ……せいぜい巻き込まれ無いよう注意したまえ。今回、ピナカを使うよ?》
《げぇ!?》

 その言葉に、グノーシス・メンバーは一斉に悲鳴を上げる。アルセイオは、そんな一同の反応に怪訝そうな顔となり、その意味を探る。ピナカ、だと?

《ああ、それと貴方にも一つ、忠告だね?》

    −戟!−

《っ!?》

 突如、放たれた白槍がアルセイオの握る斬界刀に突き込まれる!
 その一撃は斬界刀の切っ先に撃ち込まれ。

    −破!−

 直後――砕けた。
 ”斬界刀が”!
 あまりの事態に硬直するアルセイオに、トウヤはくすりと笑う。左手に握るピナカが円を描いて翻った。口を、開く。

《ちなみに私は、”タカトより強い”から。その積もりで居てくれたまえ》
《なぁ!?》

 言われた台詞に、目を見開いて驚愕するアルセイオへとトウヤは変わらぬ笑いのままに踏み込む。
 対し、アルセイオは砕かれた斬界刀からダインスレイフを引きずり出し、頭上から一閃。

    −戟!−

 虚空に神槍と魔剣がぶつかり合い、衝撃が周囲の空間を揺るがした。

 
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