魔法少女 リリカルなのはStS,EX
□第四話「独立次元航行部隊」
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夜の森。それは一切の人工の光がない世界である。
闇は幼い少年を怯えさせるのに十分だった。その中で、ぐすぐすと泣いている少年を神庭シオンは上から見る。
これは……?
その光景を見て、シオンは何よりも懐かしい気持ちでいっぱいになってしまった。
あの泣いている少年。あれは、自分だ。
そして、これは過ぎ去った筈の過去の光景。
て事は……こりゃ夢か。
嘆息する。いやに意識がはっきりとした夢を見るものだ。
そして、未だに泣き続けるかっての自分を見た。
……泣き虫、だな。
そう、ガキの頃の自分は泣き虫だった。今思い出しても、しょっちゅう泣いていた記憶がある。恥ずかしさを苦笑に滲ませながら、シオンは泣き続ける自分を見ていた――と。
直後、子供の自分の後ろで、草木がガサガサと鳴った。
泣いていた自分は、ビクっとなり、続いてガタガタと震えだす。
その光景を、今のシオンは苦い思いで見つめる。次に出てくる存在を知っているからだ。
「……ここに居たか」
草木を掻き分けて現れたのは、10、11歳くらいの少年であった。
顔だちは端正ながら、やけに眠たそうな目つきが気になる。感情が、あまりに薄い印象の少年であった。
そんな少年を見た子供の自分は顔をパッと綻ばすと、そのまま駆け寄る。
「タ……!」
「ぬん」
−撃−
そして、走って来た自分に対して、少年は思いっきりチョップを叩きこんだ。
……あれは、痛かった。
苦笑いを浮かべる。今でも、あの痛みは忘れた事が無い。案の定、子供の自分も、打たれた場所を押さえて涙目となった。
「痛いよぉ……!」
「やかましい。着いてくるなと言ったのに着いて来て、さらに迷子にまでなったんだ。これくらいは当然と思え」
きっぱりと少年は言う。
それに子供シオンはうぅ〜〜と、また泣きかけそうになって。少年は、小さく嘆息した。
「泣くな。泣き虫め」
「泣いてなんか、ないやい!」
子供シオンが叫ぶ。そう、負けず嫌いなのはこの時から全然変わっていなかった。
本当は、泣きそうだったんだよな……。
結構、恥ずかしいものである。当時はともかく、流石に今見ると、そう思う。そんな子供の自分に、少年は微苦笑した。
「ほれ、いつまでしゃがんでいるんだ? 帰るぞ」
「うん……!?」
言われ、子供の自分が立ち上がろうとして、しかしまた尻餅をついた。……どうやら緊張が一気に解けて、腰が抜けたらしい。
「……何をやっとるんだ」
少年が呆れ顔でぼやく。うっ、と子供シオンは呻き、また目尻に涙が浮かんだ。
それを見て、今度こそ少年は一つ嘆息し。
「ほれ」
今度の自分の正面に回り、しゃがんで背中を向けた。
「え……?」
「一つだけ教えておく。俺はさっさと帰りたいんだ。眠いんでな。……端的に言うと、乗れ」
少年の意図を理解して、子供の自分が顔を赤くしたのが分かる。恥ずかしかったのだ。だから、ついつい声を荒げた。
「い、いいよ!」
「ほう? ちなみにシオン。お前には三つ選択肢がある。一つ、このまま置いてきぼり。二つ、兄式チョップ説得を受けた後で背中に乗る。三つ……素直に背中に乗る。どれがいい? ちなみに俺のオススメは二番目だ」
「……うぅ」
置いてきぼりもチョップも御免であるのだろう。子供の自分は見るからに呻き、迷った。だが、その二つがダメなら選択肢はたった一つである。
だから、子供の自分は少年の背中に覆い被さり、首に腕を巻き付けた。
少年は、背中に体重が乗った事を確認して、立ち上がる。
「……軽いな、お前。飯しっかり食べてるか?」
「食べてるよ!」
子供の自分が喚くようにして、反論する。そもそも自分が食べてるものを作っているのは、この少年なのだ。今更聞くような事でもないだろう。
「なら、いいがな」
あっさりと頷くと、少年はそのまま歩き出す。
この年頃の少年にしては軽々と子供の自分を背負って歩く。そんな背中に力強さを感じて、子供の自分は彼のうなじに顔を埋めた。そうやって、暫く歩いていると、少年が話しかけて来た。
「それにしてもお前の泣き虫は治らんなぁ」
「泣き虫なんかじゃないやい!」
また叫ぶ。本当に負けず嫌いであった。
それに少年は笑いを浮かべる。
「そういった台詞は頬を濡らんようになってからほざけ」
「あう……」
痛い所を突かれ、子供の自分が俯く。そんな気配を察したのだろう。少年は微笑して続けた。
「まぁいい。しかしいつまでもこのままでは駄目だな。……お前も、男の子だろう?」
「うん……」
コクリと頷く。それに、少年は微笑したままで頷き返した。
「……今はいい。だが、いつかは泣かないようにならなければな。どんなに辛い事があっても――男なら、どんな時でも涙を見せるな」
目茶苦茶な事を少年は言う。実際、それは無理だろうと今でも思う。だが、この時の自分は、そんな少年に嬉しそうに笑って。
「うん!」
そして、頷いた。シオンはそれに再び苦笑いを浮かべる。今は、どうなのだろうと、そう思いながら。
直後、光が差し込むような感じをシオンは得た。