魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十五話「墓前の再会」(後編)
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……何だ?
何故かいきなり機嫌が良くなったのか、微笑むなのはを見てタカトは首を捻る。女心は秋の空とは言うものの、この変わりっぷりは一体なんなのか。
暫く彼女のそんな変わりっぷりを見て、タカトはあっさりと匙(さじ)を投げた。
……女と言う生き物は良く分からん。
結局、タカトはそう結論付ける事にした。そして、こちらはこちらで未だに暗い顔の彼女、フェイトを見る。
どうも自身が原因でタカトが手を落とした事を気に病んでいる事だけは、彼も理解した。
とりあえずは血で汚れた彼女の顔を右手で拭う――何と言うか、血で汚れたままなのは嫌だった。
「て、何を……!?」
「血を拭おうとしているだけだ。気にするな」
自分の血である。自分が拭うのが、常識であろう。そう考えるタカトは、事もなげに言う。若干フェイトがぐっと息を飲んだ事をタカトは悟った。どうやら任せてくれる気にはなったのだろう。黙ったまま、なすがままになった。
……素直じゃないな。
タカトはフェイトをそう評する。それは彼限定だったりするのには当然気付かない。拭いながら、告げる。
「計らずともだが、これでお前への貸しも返す事が出来た。だから、そう気にするな」
「え? ……あ」
タカトのそんな台詞に、フェイトは思わず彼の弟であるシオンの言葉を思い出していた。
『今度はフェイト先生を助けようとするんじゃないですかね?』
――まさしく、シオンの読みは大正解であった。それを思い出しながら、フェイトはタカトへと視線を向けて。
「……終わりだ」
そしてタカトは血を拭い終わる。そのまま離れようとして。
「……それ、どうするの?」
その前に、ぽつりと消え入るような声でフェイトは聞く。視線はちぎれた左腕の肩口に移っていた。彼女の言葉に、まだ気にするかとタカトは嘆息する。気苦労を背負い込むタイプだなと苦笑し、そして。
「……そうだな」
ふむと頷いて見せる。確かに、不便ではある――あるが、しかし正直に言ってしまえばそれだけであった。
無理にどうこうする必要は無い。それがタカトの感想である。だが、まだ沈むフェイトの顔にタカトは目を細めた。
こちらまで気が滅入りそうな顔である。はっきりと言うと欝陶しい。
そんな顔でいられるかと思うと考えるだけでうんざりとした。タカトは大きく嘆息する。
……割に合わないんだがな。
そう思い苦笑すると、どうにかする事にした。
「貸し1だ。フェイト・T・ハラオウン」
「え……?」
いきなり言われた言葉にフェイトが疑問符を浮かべる。だが、タカトは構わずに続けた。
「割に合わん分は、後でメシでも奢れ。これをやるとひどく腹が減る上に、楽しみも出してしまうしな」
「何を言ってるの……?」
彼が何を言っているのか分からずにフェイトは問う。しかしタカトは答え無い。指をフェイトへと突き付けた。
「いいから。了承か否か、どっちだ?」
「え、えっと……?」
「早く」
いきなり過ぎる問いにフェイトはうろたえる。だが、当然タカトは構わない。強引過ぎると言えば、強引なそれをフェイトに突き付ける。
しばし迷い。やがて、フェイトは頷いた。
「うん、分かった。ご飯を奢るくらいなら……」
「言ったな? 後で後悔しても知らんぞ?」
「え?」
悪戯めいた笑いを浮かべるタカトに、再びフェイトは疑問符を浮かべるが、彼はもはや彼女を見ていなかった。目を閉じる。
りぃぃぃぃぃ……。
ひゅぅうぅううううううぅぅぅぅ……。
口から漏れるのはストロークの長い呼気。長く、しかし鋭いそれをタカトは繰り返しながら、夢想する。
『天』
−其は、万物を照らす具象−
『火』
−其は、万物も滅っす具象−
『水』
−其は、万物に変じる具象−
『土』
−其は、万物を抱く具象−
『山』
−其は、万物へ聳える具象−
『雷』
−其は、万物に轟く具象−
『風』
−其は、万物に吹く具象−
『月』
−其は、万物を慈しむ具象−
呼気と共に、それらを夢想しながら”己に取り込む”。『八極素』。世界を構成されるとされるそれを、タカトは己に取り込む事により”世界を己の中で構成”する。
そして、”それ”は起きた。
肩から先が無い左腕から細いものが飛び出す。それは複雑な形を描いて無くなった左腕を構成し――そこからが、驚きだった。まるで時間を遡るかのように。
神経が。
骨が。
筋が。
皮膚が。
再生――否、復元される!
「えっ!? えぇ――――――っ!」
「な、なんなのそれ!」
一連の事象を見ていたフェイトとなのはから驚愕の声が響く。当然タカトは構わず無視した。
やがて完全に左腕を”復元”し終わると、ふぅっと息を吐く。そこから八極の残滓が漏れる。
全てを終えると、タカトはゆっくりと目を開いた。復元した左腕の調子を確かめるように指を握ったり開いたりする。
「ま、こんなものか」
「こ、こんなものかって……」
流石になのはも呆れたような声を漏らした。ちぎれた左腕を再生するような真似が出来るとは……どこまで規格外なのかと真剣に思う。そんななのはを置いて、タカトはフェイトに視線を移し、復元した左腕を見せる。
「これでいいか?」
「こ、これでいいかって……」
問われても困る。頷く以外にどんな反応を示していいか分からずに、とりあえずフェイトは頷いた。
「ならよしだな。約束は守れよ?」
そうフェイトに告げてタカトは笑う。そして。
「……”使える”んやん」
ぽつりと今まで黙り込んでいたはやてが声を漏らした。え? と、なのは達が疑問を声にして出す前にタカトは苦笑する。
「慧眼(けいがん)だな。よく気付いた」
「それって、どう言う――」
はやてとタカトの会話に、思わずそれはどう言う意味かを問おうとして。
「……馬鹿な」
全然別の方から声が来た。三人娘は身を固くする。この声は。
「漸くか。予想より時間が掛かったな」
ただ一人。気軽に笑うタカトは振り返ると、彼に対峙した。小高い山から這い出るようにして現れた痩躯の男、ヘイルズへと、タカトは笑いながら向き合った。