魔法少女 リリカルなのは StS,EXV
□第四十五話「墓前の再会」(前編)
3ページ/5ページ
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
つむじ風が落ち葉を舞い上げいく。
それにつられて視線を上に向けると、鰯雲(いわしぐも)がたなびく秋の青空が広がっていた。
彼女――姫野みもりは、髪を軽く押さえながら、暫く穏やかな秋空を見上げる。
十一月に入って、やや朝は肌寒くなった頃合いに、みもりはそこに居た。
墓地だ。彼女の手にはピクニック用のバスケットが握られている。しかし、中に入っているのはお弁当ではなかった。
ブラシや雑巾、小振りな園芸道具、煎茶を入れた魔法瓶、少量のお菓子、蝋燭(ろうそく)、マッチ、線香。それらが入ったバスケットを手に、みもりは美しく紅く染まる並木道を歩き出す。
暫く進むと、辺りの木々は常緑樹の榊(さかき)に変わる。まるで季節を忘れてしまったかのような榊の並木道は緑色に染まっていた。だが、吹き抜けていく風に舞い上がるのは、色とりどりの落ち葉達であった。
そうして歩いて行くと、山門が彼女を迎える。そこを抜けると、老齢の竹箒(たけぼうき)を持った住職が彼女を待つようにそこに居た。
「お久しぶりです」
みもりは足を止めて、頭を下げる。住職は穏やかな笑みを浮かべて、無言で頷き返した。茶封筒を差し出し、もう一度頭を下げて、みもりはぐるりと回ると閼伽桶(あかおけ)や箒を借り受けに行く、と――。
そこに人影が差しているのに気付いた。片手を上げて、こちらに笑い掛けてくる。
みもりは、ぽつりと彼の名を呼んだ。
幼なじみの、名を。
「シン、君……」
「よ」
幼なじみの少年。神庭シオンは、一昨日あった事を忘れたかのように軽い調子で、みもりに呼び掛けた。
シオンはみもりと連れ立って手を合わせる。姫野家と書かれたお墓だ。
久しぶりに、このお墓の前に立つなぁと一人ごちると、シオンは立ち上がり、持って来た菊の花を手元で弄ぶ。
「……まずは掃除だっけ?」
「はい」
みもりはシオンに微笑みながら頷く。そのあまりにもいつもと変わらない彼女の調子に、シオンは若干肩透かしを喰らったような感覚を覚えながら頷き返す。そして、二人でお墓の掃除を始めた。
「とりあえず、指示頼むわ。みもりのが得意だしな」
「はい。じゃあ、まず……」
みもりが出す指示に従い、てきぱきと掃除する。丁寧に、少しずつ。全てが終わったのは、二人が訪れてから一時間半程してからの事だった。
みもりはお墓にお菓子を供える。シオンもそれに倣い、菊の花を供えた。
最後に、みもりは蝋燭(ろうそく)を立て、線香をあげる。それを見ながら、シオンは持って来たビニール袋から小さな紙包みを取り出した。
みもりの目が、軽く驚きに見開かれる。
「それは……」
「ああ、好きだったろ?」
取り出したのは、草餅であった。シオン達が住む町から隣町にある老舗和菓子屋の草餅である。
このお墓の住人が好きだった事を思い出して、シオンは朝早くからその和菓子屋に買いに行ったのだった。
なにせ、毎日限られた数しか売っておらず、予約も受け付けていないと言う超人気商品の為、朝早くから並ばないと手に入らないのだ。シオンが知る限りでも十数年前からそうなので、老舗のブランド力は侮れないものだなぁと、最初苦笑した程であった。
シオンはそれをみもりに差し出す。みもりは、はにかむような笑みを浮かべて受け取ると、包装を解いて、お墓に供えた。
そして、二人並んでお墓の前にしゃがみ、両手を合わせる。五分程、互いに無言で手を合わせ続けて、やがてシオンがぽつりと呟いた。
「十年、か。おばさん。二年も来れなくて、ごめんな」
みもりは、そのシオンの言葉を黙って聞いていた。
姫野、綾音(あやね)
それが、みもりの母親の名である――十年前に亡くなった。
流行り病だったそうだが、シオンも詳しくは知らない。ただ、無性に悲しかったのだけは覚えていた。
優しい女性(ひと)だった。だが、ときたま天然な事を言う人でもあった。アサギがあれなので、それが良く際立っていた事を思い出す。
思わず苦笑する。懐かしくて、そしてちょっとだけ寂しくて。
暫くそうした後、静かに立ち上がった。
「みもり」
「はい」
みもりも頷きながら立ち上がると、シオンに真っ直ぐに向き直る。
ちょっとだけ、シオンは罰の悪そうな顔となると鼻をかいた。
だが意を決すると、みもりに視線を合わせた。口を開く。
「この間の、告白の事なんだけど、よ……」
言い澱みながら、しかし続ける。もう決めた事を、伝えるために。
「返事なん――」
「返事は、いいんです」
「――だけ、ど……はい?」
告げられた言葉に、思わずシオンの目が点となる。そんな彼に微笑みながら、みもりは続けた。
「返事はいいんです」
「え? な、何で?」
「シン君の答え、分かっちゃいますから」
にっこりと笑うみもりに、シオンは呆然となった。あーと呻き、頭をかく。
「……一応、その、みもりが分かってるって言う俺の返事って……?」
「返事は待ってて欲しい、だと思います」
見事に大正解である。あうっとまた呻いたシオンに、みもりはクスクスと微笑んだ。
「シン君真面目ですから。多分、ルシアさんの事とか、全部終わってからじゃないと、そう言うの考えちゃいけないと思いそうでしたから」
「…………あー」
それだけしか、言えない。大正解と言うか、どこまで心の中を読まれているんだろうと、頭を抱えて、シオンは若干不安に襲われた。
そんな風に、頭を抱えるシオンに、みもりは微笑みながら前に進んだ。つまり、シオンの真っ正面に。
吐息が掛かるような距離に、シオンが面喰らっていると、みもりがぽつりと呟く。
「今は、いいんです――でも」
シオンの胸に手を当てた。見上げる。大きく見開いた、シオンの目を。言葉を、続ける。
「まだ、好きでいてもいいですか?」
「…………」
紡がれた言葉。みもりの言葉に、シオンは言葉を失う。まだ好きでいていいのか、問う言葉に。
自分なんかを、そんな風に想ってくれるみもりに。
やがてシオンは苦笑すると、こちらを見上げるみもりの頭に手を置いた。
「……こう言っていいのかどうか分かんねぇけど、俺が、こんな事を言っていいのか分かんねぇけど。みもりが、そう想ってくれるなら。俺は嬉しいよ」
だから。そう続け、シオンはにっと、笑いかけると、そのまま答えた。
「これからも、よろしくな。みもり」
「はい♪」
そんなシオンの精一杯の答えに、みもりは優しく微笑んだ。
シオンが見惚れる程の、可愛い笑顔がそこにはあった。