ありきたりな恋歌
□第三場面
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瑞垣粋都の知るところではないが、藤華堂とは二つの部屋を指す。
一つは彼女も知る応接間のような部屋。藤華が外部の人間と話をする時に使われる。そして、もう一つ。その応接間から続く部屋。
中は講堂に似ている。ただそこは教室よりも広く、五十人が座れるように長机が十と、それ一つにつき五つの椅子が配置されている。前面には液晶ディスプレイ。
藤華堂は五つの学校それぞれにあり、それぞれ違う形態の部屋を持っているが、四手原中学校の部屋は古くから定例会に使われてきた。
ここで、毎週水曜日の放課後に全藤華が集まって定例会を行っている。各学校の藤華は毎週水曜日にここに集まる。ただし中学校、高等学校ともに三年生の参加は任意。
現在集まっている藤華は四手原中学校の九人と、真家中学校の三人、吉木第三中学校、四手原西高等学校は一人で、吉木東高等学校は二人。
「なあなあ綜史、栄作。お前らが声かけたのに拒否ったってどんな子? 可愛いの?」
川島健太、四手原中学校二年四組、バスケ部所属。特徴、濃い眉毛。
「え? 何それ。綜史と栄作が狙ってるって、女?」
野村将人、真家中学校二年三組、柔道部所属。特徴、小さな唇。
「おう、女らしいぜ。しかも可愛いらしい。やっぱ気になるよな!」
二人は綜史と栄作が座る席の前に立ち、声を掛けていた。
「うっせえなぁ。そういうんじゃねえよ!」
音田綜史はそう言って二人に答える。
「じゃあどういうんだよ。しかし栄作と競うなんて勇気あるなー、お前」
「栄作に適う訳ねえと思うが、俺判官びいきだからお前のこと応援してやるよ」
「そんな応援いらねー! って、だから違うって言ってんだろ!」
猫が威嚇しているような雰囲気を出しつつ、綜史は栄作を突く。
「お前もなんか言えよ!」
「ああ、うん……。そういうんじゃ、ねえよなあ……」
栄作は赤茶の瞳を切なそうに細め、どこか遠くを見ている。その様子に騒いでいた健太と将人は静まる。
「え? ……まさか、本気か?」
「……こんな栄作初めて見るぞ」
「嘘吐け! 栄作はいっつもこんな感じだろ!」
そう言う綜史も、相方の感情が掴みきれない。栄作は騒ぎ立てることはないが、会話に加わってくる。それが今日は、いつにも増して静かだ。
「残念だったな、綜史。負け決定だ」
「栄作が本気かあ。ほんとにどんな子だろ?」
「なんで栄作が本気だと俺が負けるんだよ! それと違うって言ってんだろ!」
二人が憐れんでよしよしと綜史の頭を撫でると、綜史は猫さながらに拳を繰り出す。
「あれ? でも栄作さん彼女いるよね。めんこいのが」
「ああ、いるよな。すっげーめんこいのが」
二人が首を傾げると、ようやく栄作がこちらを向いた。
「……んー?」
「栄作!? 本当に大丈夫!?」
猫目が更に目を見開いた。
「うっせえよ。別に好きな訳じゃない」
ふっと笑って手を振り健太と将人を見た。それだけなのに、それすらも型にはまっている。流し目で見られた二人は不覚にもドキッとした。
「やっべー。やっぱ栄作ヤバいわ」
「俺お前と同い年なのが信じらんねー」
「そうか? ま、お前ら年に似合わず幼稚園児と本気で喧嘩できるもんな」
栄作が過去あったことを言ってやると、二人して、あれはさあー、と文句を言い始める。
はいはいと適当に受け流しながら、栄作は自分を見つめる綜史を見た。
「どうした?」
「……栄作、本気?」
どこか見定めるような目で言う綜史に、栄作は苦笑した。
「まさか。本気どころか何とも思ってねえぜ?」
ちょっとほっとしたような綜史の様子に、栄作は笑った。
因みに、栄作はその笑みが何人ものときめきを奪っていることを知らない。
「綜史こそ、好きなのか?」
「なっ、違ぇよ!」
途端赤くなった綜史に、二人がそっと忍び寄る。
「好きなのか、綜史」
「お前にもとうとう発情期が……」
「とりあえず人の話を聴け! あと発情期って言うな!」
「綜史は逃げられてるから追いたくなっただけだろ、気にしてやんなよ」
栄作がにやにやしながら言うと、綜史はばっと栄作を振り返った。