ありきたりな恋歌

□第一場面
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 私には、恐ろしい性がある。

 それは、純粋な暴力と破壊に満ちた欲求。

 それは、滑稽な嫌悪と歓喜に溢れる感情。

 余りにも馬鹿げていて、子供染みた、性。

 それでも、それに囚われる、私。








 左肩が熱い。

 そこから全身に熱が伝わっていく。

 暑い。

 じんわりと湿った汗が、制服が、纏わりつく。

 気持ち悪い。

 私はその不快感に耐えられず、ゆっくりと目を開けた。

 どれくらい寝ていたのだろう。

 視界はぼんやりとしているが、辺りが赤に染まっていることは分かる。

 もう、夕方なのだろうか。早く帰らなければ。

 そう思って腕を動かそうとした。しかし、体は動かない。

 暑さで寝苦しかったせいか、全身を柔らかく固定されたように動かない。

 可笑しいな。いつもならこんなに暑いことはないのに、今日はとても暑い。気持ち悪い程、寝汗をかいている。

 ぼんやりと考えた私は、ようやく原因に思い当たる。

(左側から伝わってくる熱のせいだ)

 どうして、左側から熱がくるんだろう。

 ゆっくりと左に顔を向けた。

 人がいた。近すぎて顔はよく見えない。

 ただ、艶やかな黒髪が見えた。その髪は長く下に流れる。女の様だ。しかし、私は直感的にこの人が男だと悟った。

 漆黒の髪をした、男の子。その男の子が私のすぐ隣に座って、静かな寝息を立てている。

(そうか、この男の子が寄りかかっているせいで左側が熱いんだ……)

「……っええ!?」

 ぼんやりとした意識がはっきりと覚醒した。思わず目を見開いてまじまじとその男の子を見つめる。しかし、いきなりの出来事に私の頭はついていけない。

 昼からの私の行動が、走馬灯のように駆け巡った。




「ふわあ、いい天気!」

 見上げると、雲ひとつない青空。

 夏の昼休みの学校の中庭。私、瑞垣(みずがき)粋都(すいと)は校舎から出ると、即座に伸びをした。右手には弁当を包む袋の紐。私は中庭に弁当を食べに来ていた。

 ぐっと腕を空に伸ばし、もう一度伸びをする。

 気持ちいい。

 涼しいけど窮屈な校舎より、暑くても広々とした外の方が気持ちいい。

 それに、私にとっては、人がいないほうが嬉しいのだ。

 この中庭は広く、綺麗。空には太陽があり、今も強烈な熱線を送ってくるが、吹く風は爽やかで心地良い。木が多いはずなのだが、何故か蝉はおらず遠くから微かに聞こえる程度。

 しかし、夏は夏。涼しい校舎の中にいた時は暑いと思わなかったが、今はじっとりと汗ばんでいる。弁当を食べるには、いささか暑い。

 ところが、夏でも涼しく誰も知らない、そんな特等席とも言えそうな場所を私は知っている。

 そこは、唯一校舎から見られない場所。しかも少し分かりにくい場所なので中庭からも見つかりにくい。それなのにそこの存在を知っているのは私くらいなもので、今まで誰かがいたこともない。そんなところだ。

 何故私がそんなところを知っているか。理由は簡単。先輩に教えてもらったからだ。その人は既に大学進学し、この学園にはいないが、私の敬愛する先輩。

 この中庭は校舎沿いに沢山の木々が生い茂っている。その中のある一ヶ所をぬけると木で被われていて分かりにくいが人一人ようやっと通れるくらいの通路がある。そこをぬけると校舎の中にぽっかりあいた様な空間につく。

 そこが、特等席。

 通路以外は全て校舎の壁で囲まれている。窓は一つもなく、ただ壁があるだけだ。広く、その中央に大樹が一本生えている。風通しもいい。私にとって校舎内では一番居心地のいい場所だ。

 どうしてそんなところがあるのか。なんのために造られたところなのか。そんなことは私は知らないし、考えても分からない。先輩も知らないと言っていた。興味ないとも。

 私は思いつくままにそこへ向かった。

 今は太陽が真上にあり、ジリジリと照りつけてくるが、大樹の下にちょうどいい木陰が出来ていた。辺りはしんとしている。先ほども静かだったとはいえ微かに音はしていたのに、ここは全く音が無かった。まるで、休むために作られた場所のようだ。

 私はゆっくりと大樹に近づいた。木陰に入り、大樹にもたれかかる様にして座る。

 そよそよと、風が優しく私を撫でる。

 暑さは無く、ただ心地好かった。身体から力が抜ける。ここは、とても落ち着く。ここにまつわる私の記憶と経験がそうさせるのかもしれない。

 ふわ、と欠伸がでた。あまりにも心地よすぎて、とろとろと眠気が襲ってきた。

 このままお昼寝したいな。

 そんな思いがふっと浮かんだ。 窮屈な教室で退屈な授業を受けるのと心地良いここでお昼寝。

(……どうしよう。でも、眠い)

 一瞬迷ったが私はあっさりと誘惑に負け、午後の授業をサボることにした。

(午後は昼寝しよ)

 すでに薄れていく意識の中でそう思い、私は、ふあ、と欠伸をもうひとつすると、意識を手放した。
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