*豪炎寺

□家族になりませんか?
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現状、夜8時自宅。
己よりも一回り程小さな体がソファーとクッションに埋もれ千宮路の右半身を占拠している。
運命の組織解散から半年…。密かに想いを寄せていた彼を思い切って食事に誘い、まんまと家に招待する所までこじつけた経緯はともかく、千宮路は困惑していた。
最愛の息子に冷めた眼差しを向けられつつ三人でとった食事の味が心なしかしょっぱかった事ではない。ましてや数刻前、息子がいたたまれなさに耐えきれず罵声とともに家を飛び出して行った事でもない。
弾む会話もないままにぴたりと密着し、先程から週刊誌の昼下がりページを黙々と読み耽っている彼に何と声をかければ良いものなのか、だ。
常に側近達に取り囲まれていた彼とこうして二人だけの時間を紡げる事は実に喜ばしいが、正直、間が持たない。

「イシドさん…今日、何かありましたか?」
「もう豪炎寺ですよ。」
「…先程から同じページばかりを眺めているようですが?」
「特別な話ではありません。」
「まぁ…話なら宇都宮にいくらでも聞いて貰えるのでしょうから、深く詮索はしませんが…。」
「…………………。」


しまった…彼のご機嫌を損ねてしまった。
気まずい沈黙がただひたすらに家具へと吸い込まれていく。
違う!言葉のあやだイシっ…豪炎寺さん!と、この静けさを破ろうにもその言葉が出てこない。大和もこんな気持ちで家を飛び出したのだろうか…申し訳無い事をした。
鬱々とした思考が脳を支配し始めるその横で、不意にぽつりと口を開いた事に気が付いた。

「はい?」

あまりにも唐突だったもので聞き逃してしまった貴重な音を拾う為耳を傾ける。暫しの沈黙の後、再び豪炎寺の唇が動き出す。

「キスがしたくなりました。」
「……………は…?」
「……………。」

驚いて顔を上げ、彼の方を振り返るもそっぽを向かれてしまいその表情を正面から見ることは叶わなかった。それでもその可愛らしい唇がつんっと上を向き、頬を膨らませる横顔から私に対する不満が伺える。

「豪炎寺さん…?」
「冗談ですよ。」

開いていた雑誌をぐしゃりと捻りぶっきらぼうにゴミ箱へと放り投げると、帰ります、と言い残し立ち上がり颯爽と玄関へと向かっていく。スニーカーに爪先を差し込んだ手前、豪炎寺の手を咄嗟に千宮路の手が掴み行く手を阻んだ。
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