invisibile stella

□Arcana Famiglia
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首を傾けながらも、代金を台に出したイズミは言葉通りローラを待った。
 
そうして戻ってきたローラの片手には、手のひらに収まるほどの大きさの白い袋があった。
 
「なんだ?それ。」
 
「ここにハーブを卸してる貿易商の旦那にもらったんだよ。試供品だからって。」
 
「へぇ、ハーブ?」
 
「いや、香味料だってさ、ジャッポネの。」
 
「ジャッポネの?」
 
意外だった言葉に、イズミはぱちりと瞬きをした。
 
「ジャッポネはあんたの故郷だろう?興味あるかと思ってね。なんて名前だったか……ハン、ショー?」
 
「ハンショー?」
 
なんだそれと、イズミは顔をしかめた。
確かにジャッポネは故郷だが、離れて長い。
それでもそんな名前の香味料は聞いたことがなかった。
 
イズミは手を差し出すとローラは袋を渡した。
 
袋の口を開けて、イズミは漂い出る香りを嗅いだ。
 
鼻に抜ける、独特の香り。
その香りが、イズミの記憶を呼び覚ました。
 
「……サンショー。」
 
「そう、サンショーだ!」
 
思い出してすっきりしたのか、ローラはぽんと手を打って嬉しそうに笑う。
 
惜しかったなと思いながら、その様子を見てイズミは小さく笑った。
 
「……懐かしい香りだ。」
 
袋の中を見ると、実の殻のようなものが入っていた。
ジャッポネ、というかその周辺の国独特の香味料である『山椒』。
この殻を粉末状にすればさらに香りが強くなるだろう。
使い方によって薬にもなる。
 
故郷の香りに表情に頬を緩ませたイズミに、ローラは言った。
 
「気に入ったなら持って行きな。」
 
「いいのか?」
 
「元々試供品だからね。今後も必要ってなら、入荷してあげるよ。」
 
「ありがとう、ローラ。」
 
嬉しそうに礼を言って、イズミは袋の口を閉じると紙袋に入れた。
 
「これが代金。釣りはいらないから。」
 
イズミが台の上の代金を示すと、ローラは素早く計算して頷いた。
 
「はいよ、十分だ。」
 
ローラが確認したのを見届けて、イズミは会計台に寄りかけていた黒く細長い包みを肩にかけて、紙袋を抱えた。
 
その様子を見たローラは心配そうに眉を寄せた。
 
「大丈夫かい?郵送しようか?」
 
「ほんとはこいつの部品を探そうと思ってたけど、そんなに急ぐ用でもないし。まっすぐ帰れば問題ない。」
 
こいつと、イズミは肩にかけた黒く細長い包みを見て言った。
それは床に立てるとイズミの胸辺りに届くほどの長さだった。
 
紙袋を抱え直して、イズミはローラに背中を向けて店の出入り口に向かった。
 
「じゃあローラ、またそのうち……。」
 
ところが、その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、店の前の通りを車がもの凄い速さで通り過ぎて行った。
 
通りにいる人々の悲鳴や怒号が、車の尾を引くように飛び交っている。
 
「………………。」
 
店の扉にあるガラスからその様子を目撃したイズミは、無言で踵を返すとローラの目の前にある会計に、どんと紙袋を置いた。
 
「……やっぱり郵送で。」
 
そのイズミの表情は苦虫をじっくり噛み締めたような苦々しい顔で、ローラは笑いを堪えながら了承したのだった。
 
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