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□灰色の空に一粒の涙
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俺と悠太は似ている。
背丈も髪質も目も口も鼻も、外見のどの部分を取っても似ていると思う。
なのに、どうしてこんなに違うんだろ。

前髪にクセをつくって口角を少し上げれば、鏡に映った俺は、悠太だ。


「なにしてるの、祐希くん…」


悠太がふたり、鏡にうつった。


「悠太のまねー」


そう言って、前髪のクセを直す。
悠太は俺の双子の兄。

俺は悠太になりたかった。

悠太の隣にはいつもあの子がいて、いつもなんだか幸せそうに笑ってた。

なんで俺じゃないんだろう。
なんで悠太なんだろう。
その答えはあまりにも単純明白で。

俺が悠太より劣っているから。

悠太は俺にないものをたくさん持っている。
真面目だし、誰よりも人のことを考える。ピンと伸びた背筋は弟の俺から言わせてもカッコイイ。

でもね、悠太。
俺は沙奈が誰よりも大事。悠太の持っているたくさんの大切なもののうちのひとつじゃなく、俺は沙奈だけが大事なんだよ。

悠太は、そう言った俺に諦めたように微笑んだ。わかってるよ、って微笑んだ。

そのうち、悠太には高橋さんという彼女ができた。
告白は高橋さんからだったみたいだけど、悠太にとって高橋さんがWどうでもいい人Wではないことくらい見てればわかる。

悠太は高橋さんが好きだったんだね。とつぶやいたあの子の声は微かに震えていた。

悠太はバカだよ。
悠太が身を引いたところで、あの子の視線が俺の方を向いてくれる訳じゃない。

どんどんどんどん深みにハマって、あの子は崩れてく。


『あれ、今日は高橋さんと一緒じゃないの?』


要、春、千鶴、俺の元へ駆け寄ってきた沙奈が、俺を見るなりそう言った。
その場の全員が「え?」って情けない声を出して、沙奈は慌てたように『ごめん!間違えた!』と顔を赤くする。

俺と悠太を見間違えるなんて、今までなかったのに。

W悠太と祐希は全然違うよっWって笑ったあの子とは、全然違う人みたいに笑った。

それから、悠太と俺を間違えることが増えた沙奈に、言い知れぬ不安を覚えた。

俺が悠太になったら、祐希はどこにいっちゃうんだろう。
浅羽祐希、という人間はこの世に存在すらしなくなってしまうのか。

あの子の中で、俺は悠太になった。


「悠太、」


俺たちの部屋は二段ベットのせいでかなり狭い。
机に向かっていた悠太は俺の呼びかけに少し振り向いた。


「悠太、俺は誰?」

「…え?」


なに言ってんの、と目を少し丸くする悠太がなんだか可笑しくて、口角が少し上がる。


悠太が悠太なら、俺は誰なの?沙奈が俺のことを悠太って呼ぶんだよ。おかしいよね。


悠太が、何か変なものを見ているような顔をして立ち上がった。
俺の前で膝を折ってしゃがむ。


「祐希は祐希だよ」


その声があまりにも綺麗で、すっと俺の中に響いた。涙が出そうになった。

あの子の中で俺が悠太になっても、俺は悠太じゃない。あの子もきっとそれを心の底でわかってるはずなんだ。

悠太、助けて。
俺は悠太にはなれない。
沙奈は俺を、見てくれない。

悠太はバカだよ。
俺の言うことで振り回されて、弟のわがままに振り回されて、大切なものを見失う悠太は、バカ。

悠太は小さく息を吐いて、膝にうずくまる俺の頭にポンっと手を置いた。

全てわかっているような顔で笑う悠太が、そこにいた。

その日、悠太は高橋さんと別れた。

あの時、俺が余計なことを言わなければこんなことにはならなかったはずだ。
俺のわがままが、いろんな人を傷つけた。

悠太は沙奈が好きで、俺のことも大切。そんなことわかってたはずなのに。

沙奈は前みたいに悠太の隣で笑うようになった。

あぁ、そうか。

俺は、悠太のことを好きな沙奈が好きなんだ。

その気持ちを認めてあげたら、いっぱいに詰まって苦しかった胸が、軽くなった気がした。

悠太のことを好きな沙奈が好き、なんて永遠に報われないじゃないですか。
あの子が例えば俺を、浅羽祐希を見てくれたとしても、きっと俺は小さなわだかまりを抱えてくんだ。

俺はあの子が、悠太が、何よりも大事で。ふたりが一緒に笑ってくれれば、そこが俺の一番安らげる場所になる。

こんな気持ち、悠太ならわかってくれるかな。
これは、確かに恋だった。






*灰色の空に一粒の涙*end
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