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□灰色の空に一粒の涙
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悠太が、遠くの方で少し頷いたり、目を細めたりしているのをただひたすら眺める。

あ、笑った。
今、会話探してる。
なんて思いながら、ツキツキ痛む胸。

ツラいのなら、見なきゃいいのに。そうは思っても勝手に視線はその姿を探していて、もうすでに自分ではどうしようもないところまできていた。病んでいる。

悠太から「高橋さんと付き合うことになりました」と報告を受けたのが5日程前のことで。
祐希、要、春ちゃんや千鶴くんは、目をまん丸にして、でもなんだか嬉しそうに悠太を囲んでいた。

いつも変わらない無表情は、あたしをチラリと見ると柔らかくなった。

そんな顔されたらさ、笑うしかないじゃん。おめでとうって、思ってもいない言葉をムリヤリ喉の奥から捻り出して。

誰にも言えなかったこの気持ちは、どんどん膨らんでいくのを感じた。

なんであたしじゃないんだろ。
なんで高橋さんなんだろ。

悠太の隣にいる高橋さんは、なんだか嬉しそうに笑ってて、どうしようもなく汚い嫉妬心に溺れる。

ぎゅうっと制服の裾を握りしめて、深く深呼吸した。
夏の湿った空気が肺を満たす。


「沙奈?」


あたしの机に手をついて、その声があたしの名前を呼んだ。
それだけでどうしようもないくらい嬉しくなってしまうんだから、重症だ。

つかれた手のひらは、大きくて骨張っている、あたしとは全然違うもの。その手を辿ってくと、あたしの顔を覗き込むように屈んでいる悠太。


「今日さ、」

『あー、わかってる。高橋さんと帰るんでしょ?みんなに言っとくよ』


なんでもないふりして言った、自分の言葉に自分で傷つく。

高橋さんと付き合いだしてから、悠太からは毎日そんなことを告げられる。
律儀にも毎日そんなことを言わなくても、もうわかってるよ。人の気も知らないで。

たぶん、悠太の大切なものの中には、あたしも入ってて。
この前まではそれだけで満足できていたのに。この前までは。

少し頷いてから、手を振って教室を出ていく悠太の背中を見送る。
その後ろを、高橋さんが追いかけるようについていった。

ゴンっ!と思ったより鈍い音をたてて机に落としたおでこが痛い。


「すごい音しましたけど」


祐希があたしの顔を覗き込んだ。
祐希はたぶんあたしの気持ちに気づいていて、悠太が高橋さんと付き合い出してから、気をつかってかよく構ってくれるようになった。


『いたい…』


涙目になったあたしの頭を、戸惑いがちに撫でてくれる悠太と良く似た祐希の手のひら。

よしよしって言いながら何回も頭を撫でる祐希に、プッて噴き出すと、キョトンと顔を傾けた。

悠太とよく似ているけれど、悠太じゃない。
その事実に、また胸が痛んだ。






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