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□あまいくすりをどうぞ
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彼女が風邪を引いた。しかもよりによってデート当日に。


『ごべん…熱出ぢゃったぁ…』


そんな鼻声の沙奈の電話で、急遽今日の予定変更。彼女の家にお見舞いに来た。


「あらー!悠太くん!お見舞い来てくれたのっ!?」


沙奈のお母さんにいつものように大きな声で出迎えられ、持って来たお見舞いのプリンを渡した。わざわざありがうね。と大きく口を開けて笑う顔は、沙奈とよく似てるなといつも思う。


「沙奈ちゃんね、昔から遠足とか修学旅行とか、楽しみなイベント当日に熱出しちゃうのよ」


子供みたいでしょ、と困ったように笑う沙奈のお母さんに、頬が緩んだ。
ほんとに、子供みたい。


『ゆーだー…ぁ』


沙奈の部屋へ入ると、彼女はふかふかの布団からグシャグシャになった顔を出した。どうやら泣いているらしい。
熱で赤くなった顔を歪ませて、グズグズと鼻をすする。


『ごべんね…ぇっ、せっかぐ、の、デートだっだろにィ…!』


そうやって悔しそうに涙を零しながら起き上がろうとする沙奈のおでこを押さえて、再び枕へ頭を落とす。


「気にしないでいいから。ほら、泣かないで。もっと熱上がっちゃうよ」

『…ん。ごめんね』

「何回謝るの」


目を閉じた沙奈が少し安心したように力を抜いて、手の甲で目元の涙を拭った。

ベッドの脇に、ついさっきまで食べていたのか、お茶碗とスプーンの乗ったトレイが置かれていた。そのトレイにはコップ1杯の水と粉薬も一緒に乗っているが、手をつけられた形跡がない。


「沙奈…くすり…」

『ギクリ』

「…ダメだよ、ちゃんと飲まないと治るものも治らないよ」

『ゔ…っだっ、だって…!』

「だって、じゃありません」


粉薬の封を切って、もう片方の手にコップを持つ。じりじりと沙奈に詰め寄ると、同じようにじりじりと身体を引く沙奈。


『だって!すごく苦いのその薬!本当に死んじゃうくらい!』

「なに子供みたいなこと言ってるの。苦いのなんて一瞬じゃん」


のみなさい。と薬を押し付けるけど、ここぞとばかりに怪力を発揮する沙奈はそれを押しのける。確かに、粉薬って無駄に苦いから俺も苦手だけど。でも俺は早く沙奈に元気になって欲しいので、心を鬼にします。


「じゃあ俺が飲ませてあげるね」

『嫌だー!ゆーたのバカー!絶対飲まない絶対飲まないー!』


仰向けに寝転がっている沙奈の顎を手で固定して、なんとか口を開けさせようとするけど、沙奈は断固としてそれを阻止する。ギリギリと歯を食いしばる真っ赤な顔をした沙奈。


「くち、あけて」

『むぐ…っ!』


ぎゅう、とまぶたと一緒に一文字に閉じられた唇。なんかアレだ。キスする前の顔とおんなじ。
病人を前にしてこんなこと思うのはイケナイことですね。すみません。


『ん、ん…っ!?』


頭の中と行動が激しく矛盾していますが。その唇を塞ぐと目の前の沙奈の瞳が大きく見開かれる。力の抜かれた唇の隙間から親指を差し入れ口を開かせた。


『あ、ふが…っ!』

「スキあり」


さらさらと零れていく粉薬が、沙奈の舌の上でさっそく溶け始める。ポッカリ口を開けたまま微妙な表情で固まっている沙奈の唇に、今度はコップの水を口に含んでキスをした。

コクンコクン、と沙奈の喉を通っていく薬混じりの水がなくなると、やたらに湿った唇を離してコツンと軽く額と額をぶつける。目の前の真っ赤な顔の女の子の瞳いっぱいに俺が映っていた。


『………』

「苦かった?」

『…や…よくわかんなかった…ような?』


ほんとによくわかっていないようで、沙奈はキョトンとしたまま顔をコテンと傾けた。
ふふ、と思わず笑みが溢れる。


『ゆーたって…たまに信じられないことする…』

「沙奈がワガママ言うからでしょ」


う、と言葉を詰まらせる沙奈に、触れるだけのキスをした。益々赤くなっていく顔。


「かわいい」

『……っ!う、移ったらどうすんのっ…』

「えー…そしたら俺も薬飲ませてもらお」


薬飲ませてくれるんだったら、むしろ移して欲しいくらい。
苦い薬も、きっと甘いものになる気がする。
愛かな…なんてね。






*あまいくすりをどうぞ*end

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