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□ちるちるさくら
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僕は、恋をしていました。
桜の舞い散る春。
学校まで続く桜並木。
一生懸命に飛び跳ねて、舞う桜を掴もうとしているひとりの女の子は、僕の視線の先から離れてくれません。
大宮沙奈さん。
大宮さんは僕に気付くと、少し恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
ほんわか桜色に。
『おはよう、春ちゃん!』
「おはようございます。何してるんですか?」
『えーっとね…ヒミツ!』
えへへ、と頭をかいた大宮さんの頭のてっぺんに桜の花びらがついている。
「大宮さん、頭に…」
そっとその花びらを指でつまむと、大宮さんはキュッと目を閉じた。
綺麗に揃ったまつ毛が下を向き、僕の心臓もキュッと鳴った。
「す、すいません…!花びらが、ついていたので…」
熱くなった顔を手で隠して、指でつまんだ花びらを大宮さんの前に突き出す。
すると、みるみるうちに大宮さんの目が嬉しそうに輝きだした。
『わ、ありがとう!』
パッと花が開いたように笑った大宮さんは、その淡いピンクの小さな花びらを、大事そうに僕の指から受け取った。
「桜の花びらが欲しかったんですか?」
『うん!これはあたしの頭についてたから、あたしが受け止めたってことだよね!?』
「えっ!?あ、そ、そうですね…?」
僕の返事を聞いてから、わーい!と飛んで喜ぶ大宮さんを見て微笑んだ。
教室につくと、僕の前の席に大宮さんが着席する。
あ…後ろ髪、跳ねてる…
自然と笑みが零れ、指先で触れようとすると、その後ろ姿が振り向いた。
無意識に手を伸ばしていた僕は、一瞬止まってから慌てて手を引っ込める。
「す、すい、すいません!ぼ僕、女性の髪に勝手に…っ」
触ろうとして…!
ぎゅっと身体を縮めていると、大宮さんの手がスっと伸びてきて、僕の髪に触れた。
「え…」
『春ちゃんもついてたよ』
はい!と大宮さんの差し出したものは、桜の花びら。
お揃いだねって笑った大宮さんからそれを受け取ると、カァっと顔が熱くなるのがわかった。
キョトンとしてから大宮さんがコソッと僕に耳打ちする。
『あのね、桜の花びらが地面に落ちるまでにキャッチできるとね、恋が叶うんだよ』
大宮さんの声が、耳をくすぐる。
恋が…叶う?
あぁ、それでそんなに喜んで…
『あたしが勝手にそう決めたの!ヒミツだよ?』
僕の手のひらの小さな花びら。
これは、きっと僕の恋を叶えてはくれない。
『春ちゃんの恋、叶うといいね』
そう微笑んだ大宮さんに、チクリと胸が痛んだ。
僕の好きな人は、大宮さんです。
その一言だけ、どうしても言えない。
誰かに恋をしている君は、色に例えるなら淡い桜色。
そんな君に恋をした僕は、桜の木。
『あーぁ…桜ってなんですぐ散っちゃうのかなぁ』
教室の窓から桜並木を眺めて、寂しそうに肩を落とす大宮さんに微笑んだ。
「そうですね…。でも、来年また咲きますから」
ポケットに忍ばせた桜の花びら。
帰ったら押し花のしおりをつくろう。
あの空に焦がれて舞う花びらを、引き止めもせずに、ただ、君を待つ。
どんなに花びらを散らしても、来年また花は咲く。絶対に。
誰かに恋をしている大宮さんに恋をしたのは僕。
いつか僕も他の誰かに恋をして、また花を咲かせる。
桜の木、みたいに。
*ちるちるさくら*end