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□天使になりたい
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私は、不思議な力を持っている。
私には天使の羽根が見える。
天使が見える訳じゃない。
普通の人間に白い羽根が生えてるのが見えるんだ。
6歳の頃、病気がちだったおばあちゃんの背中にある日突然大きな白い羽根が生えているのが見えた。
羽根が見えたのは、その時が初めて。
その羽根は白くぼやけていたけど、とてつもなく綺麗で、時折、キラリと光を放ちながら抜け落ちていった。
おばあちゃんの羽根は少しづつ少しづつ抜け落ちていって、日に日にちいさくなっていった。
最後の羽根が抜け落ちた時、一際大きな光を放ちながらするりと舞い散る羽根と共に、おばあちゃんは息を引き取った。
あれは、命が燃え尽きる瞬間の光。
白い羽根は言うなれば余命。
お母さんもお父さんも、信じてくれなかった。
街には、白い羽根が溢れていた。
あそこにも、あの人にも羽根が生えている。
…死ぬんだ。
もうすぐ。
「沙奈 …顔色悪い」
目眩がして足元がフラついた時、あたしの肩に腕をまわして支えてくれたのは、祐希。
『ごめん…』
「また貧血?」
『いや…昨日ちょっと寝れなくて』
くらくらする目を手で覆って、祐希の腕を掴んで少し立ち止まる。
祐希があたしの顔にかかる前髪を、その綺麗な指で耳にかけた。
「ちょっと休む?」
『…ううん、平気』
僅かに首を横に振るあたしを見た祐希が、相変わらずの表情で手を握ってきてドキッとした。
祐希は、あたしの不思議な力のことを知らない。
たぶん、話せば祐希は信じてくれると思う。
なんの根拠もないけど、そんな気がする。
だけど、取り立てて話すようなことではないと思ったから。
おばあちゃんの羽根が見えたと家族すら信じてくれなかったあの時から、他の誰にも話すことはなかった。
あたしの手を引く祐希の横顔をチラリと盗み見て、その手に力を込めた。
『祐希、どこか行こうよ』
放課後の教室。
突然のあたしの提案に、帰り支度をしていた祐希が顔を上げる。
教室に差し込む西日が眩しい。
祐希も教室内もオレンジに染まっている。
「どこに?」
『どこでもいいよ』
でも、できれば人があまりいないところがいい。
面倒くさがりな祐希が、コクリと頷いた。
「寒い…」
風になびくマフラーを巻き直して、祐希の呟きが空気に溶けて消える。
海。
シーズンオフのそこは、あたしと祐希以外誰もいない。
広い海岸が、あたしたちだけの世界になったみたいに、ポツンポツンとふたつの影が並ぶ。
『祐希』
少し前を歩いていたあたしが振り向くと、祐希もこちらを向いた。
一際強い風が、髪を舞い上げた。
髪が潮風で軋む。
「パンツ見えた」
『え、うそ』
「うそ」
『ほんとに?』
「うそ」
『なに?どっち?』
「水色レース」
『正解』
笑いながらくるりと回って祐希の前を歩いてく。
すると、突然あたしの腕がグイッと後ろに引かれ、勢いよく振り向くと、真剣な表情の祐希と視線が絡んだ。
『?なに?どうしたの』
「…………」
いつも眠そうに細められている目が、痛いくらいにあたしを貫く。
「…沙奈が、消えそうで…」
祐希は消えそうにそう囁いて、あたしの髪の毛を指ですいた。
そっと乱れたマフラーを巻き直してくれる。
あたしは黙ったまま、祐希の肩に顔を押し付けた。
じんわり身体の真ん中から暖かくなっていく。
『祐希』
祐希の手のひらがあたしの髪を撫でて、そのまま背中まで下がり抱きしめられた。
どちらからともなく、顔を寄せ合いキスをする。
離れたくないとでも言うように、何度も何度も。
…ねぇ。
もしかしたら祐希にも見えてるのかな…
あたしの背中の羽根。
視界の端々でキラキラ光る白い羽根が舞う。
これから、祐希もみんなも、あたしを置いて先を歩いてく。
あたしは17歳のままで。
きっと近い未来、祐希の隣に、あたしは…
『祐希…』
祐希の隣に、あたしはいないけど、泣かないでね。
『祐希、』
あんまり悠太に甘えてばかりじゃダメだよ。
ネクタイも自分で締めれるようにならないとね。
大丈夫。祐希はやればできるよ。あたしがいなくても、大丈夫。
ぎゅうっと更に強く抱きすくめられて、息ができない。
もう少し。
もう少しだけ、このままでいて…
もう一度、軽いキスをした。
背中の羽、もう少しでなくなっちゃうから。
まるで羽根が抜けないようにあたしの背中を強く抱く祐希。
大丈夫。
あたしは死んだら天使になるよ。
そして、ずっと祐希のそばにいる。
ずっと見守ってく。
祐希が他の誰かと幸せだって笑う時まで、ずっと。
それから、それから…
『祐希…大好き』
また、キラリと光を放ちながら抜け落ちていく白い羽根が、空を舞った。
*天使になりたい*end