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□スケッチブック
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私は今、人生で一番緊張しているのかもしれない。

ドクドク激しく鼓動する心臓を押さえ、目の前に向き合って座っている悠太くんをチラリと一瞬だけ見て、また俯いた。


「大丈夫?」


その落ち着いた声にピクリと顔を上げると、更に顔を近づけてきていた悠太くんとバッチリ目が合った。
とっさに身体ごと後退して『へぇっ!?』と情けなくひっくり返った声を出してしまい、全力で後悔する。


「さっきから落ち着かないみたいだから…」

『だ、大丈夫!大丈夫でしゅっ!』


あぁ、噛んだ。
こんな短時間に2度も恥をかいた。
私もう喋るのやめよう…

悠太くんはキョトンとしたような顔で私を見て、少し頷いてから再びスケッチブックに視線を落とした。

ただ今、美術の授業中です。

誰かとペアを組んでお互いをスケッチし合うのです。

私は自分から声をかける事が得意ではないので、当然の如く、次々に出来上がってしまうペアにオドオドするばかり。
そんな私に声をかけてくれたのが、悠太くん。

やっぱり優しいんだな、悠太くんて…

向かい合って座っている私をチラチラ見ながら、サラサラとスケッチブックの上を走る鉛筆の音。

私は悠太くんを真っ直ぐ見ることができずに、少しうつむき加減で描かれている。

恥ずかしい、けど、選択科目に特に得意でもない美術を選んだのは大正解だった。

こんな風に悠太くんと向き合えるなんて…

パチン!と目が合って、とっさに視線を落とすと、悠太くんが私の名前を呼んだ。


「大宮さん」

『はっ、はい!』

「俺の方、見ててもらえますか」


すごいセリフだ…

目をまん丸にしたあたしは『はい』ってちゃんと返事できていたかどうかすら危ういパニックに陥り、ただひたすら冷や汗を噴き出しながら悠太くんを見つめた。


悠太くんの顔を見てると、自分と同じ種類の動物だとは到底思えない。
整った目鼻立ち。サラサラの柔らかそうな髪。スラリと伸びる手足。お肌もニキビのひとつも見当たらないし、スベスベだし。

かっこいい上に誰にでも分け隔てなく優しい。
もう完璧すぎて怖いくらいだ。


「…うん。終わりました」


悠太くんが頷きながらそう呟いて、閉じたスケッチブックを机に置いた。


『あ、じゃあ次は私が…』


次は私が描く番。
スケッチブックを開き、えんぴつを構えて悠太くんを見ると、真っ直ぐに私を見る悠太くんがいた。

う、わ…
どうしよう…

ものすごい気まずい。私が悠太くんを描いている間、悠太くんはずっと私を見ているのだろうか。

モジモジする私に気づいたのか、悠太くんが少し首を傾げた。


「…違うところ見てた方がいい?」


ゆ、悠太くんに気を使わせてしまった!


『あ、いえいいえっ!』


お、落ち着け私…!

ギュウっとスケッチブックとえんぴつを握り締めて、力一杯に深呼吸した。


『わ、わわ、私の、こと見ててください…っ』


言い終わってから、カァァっと顔が火を吹いたように熱くなり、照れまくっている私を見て、悠太くんが少し微笑んでくれた気がした。

あぁ、このまま時間が止まってしまえばいいのに。
でもそれだと、たぶん私の身が持たないなぁ…

はっ!
っていうか、私、私なんかが悠太くんのこと描いていいの!?

次の瞬間から私の頭の中は、悠太くんのことうまく描かないと、ってことで頭が一杯になってしまった。


『で、できました…!』


やっとのことで、なんとか無事に描き終えることのできた私に、悠太くんが「おつかれさまでした」と言って頭を下げた。

私も慌てて頭を下げる。

うーん…
これは自分なりにうまく書けたかもしれないけど、悠太くんじゃない…

悠太くんはもっと足長いし。
かっこいいしっ。


「大宮さん、絵、描くの好きなんですか?」

『えっ!!』


斜め上の方から悠太くんの声が聞こえて、慌てて顔を上げた。

う、わ!
ヤバイ!顔近すぎ…!

私の絵を覗き込んでいた悠太くんとの顔の距離が思った以上に近くて、後ずさる。

悠太くんが少し驚いたような顔をしてから、何かを察したのか「すいません」と呟いた。


『あ、いえ!違う!』


わー!
最悪だよ、私。
悠太くんに謝らせちゃうなんて…!


『わ、私が、意識しすぎて変なの…だから、気にしないでください…!』


悠太くんが謝ることなんて、ないんです!

えっと、と悠太くんが後頭部の髪の毛を触って、軽く頷いた。

私の手の中のスケッチブックに描かれた悠太くんが、真っ直ぐこちらを見ている。

悠太くんのスケッチブックに描かれた私も、同じように悠太くんを見つめてるんだろうか…。

そう思うとなんだか照れ臭くなって顔がニヤけた。

今はまだ、恋と呼ぶには小さすぎる気持ちのカケラだけど、大きくなるのは時間の問題かも、しれない。


「あ、俺の描いたやつ見ますか?」


大宮さんの勝手に見ちゃったので、と言う悠太くんの言葉に頷くと、悠太くんがスケッチブックを開いて渡してくれた。

思った以上に上手い。上手すぎる。
多少ショックを受けつつ、自分のスケッチブックに描かれた悠太くんに心の中で謝った。

…というか、私はこんなに可愛くないですよ。


パタンとスケッチブックを閉じて、ありがとう、と悠太くんに返した。

スッと悠太くんの腕が伸びてきて、そっとスケッチブックに手を添えた。
その指までキレイだ。


『あ、あの…っ』

「え?」

『また、きぉういうことがあったら、ぺぺ、ペア組んでもらえますかっ!』


また噛んだけど、気にしないで最後まで言い切った私はエラい!
カッカと熱くなった顔で悠太くんを見つめると、悠太くんは口を手で隠した。


「はい…喜んで」


一瞬だけ視線を泳がせてから、悠太くんはそう言って微笑んだ。
手で隠しているけど、確かに、悠太くんの口元が緩んだ。

私の手から離れてくスケッチブック。

今から来週の美術の授業が楽しみだ…


あれ、これって…


恋、ですか?





*スケッチブック*end

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