short

□唇の温度
1ページ/1ページ




『…悠太』


熱っぽい瞳で悠太を見上げると、その端整な横顔がこちらを向いた。

晴れて彼氏彼女という関係になったあたしと悠太を待っているのは、ラブラブで甘々なバラ色生活だと思ってた。

だが、しかし。
悠太に双子の弟がいることをすっかり忘れ去っていたあたしは現実を見たのだ。

祐希は昔から悠太にベッタリで、部屋も同じ。
つまりは、ふたりっきりになってイチャこいたりできない!

あたしは悠太とふたりになって一刻も早くあんなことやそんなことがしたいのです!

あんなことやそんなこと、というのは具体的に言うと悠太の細くて綺麗な髪の毛に鼻突っ込んでくんかくんかしたり、細いけど割としっかりした胸板に頭グリグリしたり、ハァハァ、その白い首筋に噛み付いたり


「ちょっと…沙奈、怖いんですけど」


ハァハァ言いながら、ケモノのように悠太に詰め寄っていたあたしは、ハッと我に返る。

視界の端では、祐希がテレビ画面に向かってコントローラーを握っていた。


『悠太、あたしん家、行こ』

「え…」


だって、あたしもう抑えられないんですよ。欲求が。

悠太はなんだかパッとしない微妙な表情をしていたけど、構わずに祐希を部屋に残して外に連れ出した。


「どうしたの?」


あたしに引っ張られながらそう言う悠太に振り向いた。


『悠太はイチャイチャしたくないのっ?あたしもう、我慢できないよ。悠太に触りたくてムラムラしてんの』


ほんのり頬を染めて困ったように目をそらした沙奈に、すごいセリフだね、と呟いた悠太はおとなしくついて行く。

部屋の真ん中でなぜか正座している悠太に、はい、とウーロン茶の入ったグラスを渡して、あたしも隣に正座した。

コクコクとウーロン茶が喉を通る。
ヤバイ…あたし今更ながらに緊張している。

邪魔者はいない。
強いて言うなら、悠太の猛烈なファンであるあたしの母親が聞き耳を立てているかもしれないが、空気を読んでくれることを祈るしかない。


『悠太…』

「うん?」


悠太はウーロン茶を一口飲んでから、グラスをテーブルの上に戻した。


『き、キキキっキっ』

「…猿?」

『ものまねじゃなくって!』


ガクッとあたしが肩を落とすと、悠太がふんわり表情を柔らかくした。

あ…きれいだな、悠太。
その優しい顔はあたしにいつも安らぎをくれる。
すごく落ち着く…。

ふっと気づいたら悠太の前髪があたしの顔に当たるくらい近くに顔があった。

グッと引きそうになった身体を押さえて、ギュッと目を閉じた。

あ、キス、しちゃう…

と、思った瞬間あたしはカッ!!と目を見開き顔を180度思い切り悠太から背けた。

ど、どうしよう!
口クサイとか思われたらっ!
あぁ、どうせなら飲み物持ってくる時に歯磨きしてくればよかった…あたしのバカ…!


「………」


無言の悠太に肩をグッと掴まれて、びくっとその肩を揺らしたあたし。

振り向くと、不満を垂れ流しにしたような表情の悠太。

慌てて口を押さえてジタバタ逃げようともがくけど、あたしの身体はしっかり悠太に捕まえられていた。


「逃げるんだ。ふーん…自分から触りたいとか言ってきたのにのにね」

『あ、いや、あのですね!これには訳が…!とりあえず5分、いや3分でいいのでお時間をもらえ』

「そんなに待てないよ」


懲りずに床の上を這いつくばって逃げようとするあたしを見下ろして、悠太は楽しそうに口角を上げた。


『に"ゃ…ひっ!!!』


悠太があたしの脇腹を突つくと、瞬間、本当に色気もクソもない変な声が出た。

突ついただけでひーひー言ってるあたしが面白かったらしい。
悠太はわきわきと両手の指を動かして、あたしの両脇を本気でこしょぐりはじめてしまった。


『いや…、もっ、ひゃははっははは!!も、無理!ごめん、ごめんなさい…ゆ、許して…っ!!ひははは!!!』

「許しません」


うつ伏せになったあたしに悠太が馬乗りになっているので、抵抗できない。
手足をジタバタさせても、身をよじろうとしても無駄だった。

やっとやめてくれた時には、もう息をするのも絶え絶えのあたし。

ひーひー息を吸ったり吐いたりしているあたしの顔に、悠太が顔を近づけた。

さらりとあたしの顔を撫でる悠太の柔らかい髪。
まつ毛が、綺麗に揃って下を向いている。
ちゅ、と優しく触れた悠太の唇の温度。柔らかくて暖かい。

ぽっぽっと熱を帯びてくる顔を隠した。


『く、口、くさくなかった…?』

「…そんなこと気にしてたの?」

『だ、だって、』

「一瞬すぎてわかんなかったよ」


だからもういっかい…と呟いた悠太の顔がまた近づいて、視界がグラついた。

絨毯の上に投げ出されたあたしの指を、悠太の指がスルリと絡めとり、キュッと力を込められる。

悠太からは、シャンプーの匂いがした。

幸せってこんな感じかなって思いながら夢中で悠太のキスに応えていた。





*唇の温度*end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ