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□低速メトロノーム
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大切な君へ
たくさんの愛を捧げます。
その替わりに僕を愛してください。
束縛して、殺して、その手で僕を抱きしめてください。
サラサラの砂が舞う白い砂浜で、白いワンピースを揺らし、風で飛びそうな麦わら帽子を両手で押さえ、楽しそうにはしゃぐ君を見つめていた。
ガサガサと風にたなびくレジャーシートがうるさい。
波の音と、君の笑い声だけ聞いていたいのに。
『ゆーたー!』
海に入るにはまだ早いこの季節。
波打ち際で、サンダル片手にワンピースの裾を膝上までたくし上げた沙奈が大きく手を振った。
眩しくて目を細める。
『あ、』
一瞬強い風が吹き、少し遅れた沙奈の短い声で、帽子が飛ばされたんだと理解した。
例えばこの世に君と僕しかいなければ、こんな気持ちになることはなかったのかもしれない。
こんな、切なかったり寂しかったりすることは、なかったのかもしれない。
俺の目の前にちょこんと膝を折った沙奈が、愛くるしい笑顔で手に乗せた貝殻を見せてくる。
『ピンクの貝殻、綺麗でしょ?
ふたつ見つけたからひとつあげるね』
満足そうに笑顔を見せた沙奈は、俺の手のひらにひとつ貝殻を乗せてから、自分の手にある貝殻も俺にみせた。
俺は君のこんな笑顔にさえ不安を覚えてしまうんだよ。
幸せな気持ちさえ掻き消して、俺の中に黒々と光る独占欲。
誰にも見せてあげない。
誰にも触れさせない。
キョトンとする君に、少しだけ微笑んだ。
そうだ。
君が俺から離れる前に、最高に幸せな今、この瞬間に世界が終わればいい。
そうしたら、幸せは永遠になる…
*低速メトロノーム*end