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□本屋さんで会いましょう
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今日は天気がいいですね。
家はこの近くなんですか?
この参考書、おすすめです。


とある本屋さんで、私、大宮沙奈は、参考書を選びつつ何パターンもの会話を始めるキッカケを考えていた。

最近、私には気になる人がいる。
私が学校帰りにいつもよるこの本屋さん。

はじめて彼を見たとき、私の脳内に稲妻が走った。衝撃だ。

参考書を選ぶ端整な横顔が知的な彼。制服から察するに、穂稀高校の生徒だろう。

私の隣で参考書を選ぶ彼を、自分も参考書を選ぶふりをして何度も見惚れてしまう。

目の中に絶対ハートマークできてるよ、と自分で思う。

そしてあたしの脳内はどうやって声をかけるか、という内容で塗り潰されていくのだ。

今日こそ、今日こそ、と思いながらもう幾日も過ぎてしまった。

声をかけて、もし迷惑そうな顔をされたら?無視されたら?

同時にこんな不安まで考えてしまうものだから、私の覚悟はなかなか固まらない。

参考書を取ろうと棚に手を伸ばしたが、あとちょっとの所で届かない…

しまった。
このピンと伸ばした手をどうしよう。
めいっぱい背伸びしてるので、もう絶対届かない。

なんか恥ずかしいけど、仕方ない、あきらめよう。

スッと伸ばした手を戻そうとすると、私の視界が暗くなり、影が被さる。


「どうぞ」


彼は指先までもがスラリと整っている。

私の取りたかった参考書を的確に選び、私に手渡してくる彼。

信じられない出来事に、放心状態の私は、その本を受け取るのに精一杯で、ろくに感謝の言葉も出てこない。

彼は感情の読み取れない無表情で、だけど穏やかな雰囲気を醸し出している。

ちょっと異様なくらいに長い間見つめてしまった私に、彼は僅かに首を傾げた。


「もしかして、違いましたか?」


うっとりして、どこか違う世界に飛んで行きそうになる私の魂を必死に呼び戻す。


『あっ!はぁ!これで!これで結構でございます!』


あたしバカ?なにございますって!なに!?
激しくパニック状態の私の上から、ふっと息のような笑みが降ってくる。

わ、笑った?
いや、わからないけど…

その表情はさっきよりも優しさを含んでいるように思えた。





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