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□彼女のいない日々
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中学の時から約6年付き合っていた彼女が、突然俺の前から姿を消した。

大学進学と同時に一人暮らしを始めた俺の部屋に当然のように転がり込んで来て、それからずっと2人で過ごしていた1DKの部屋は、狭い狭いと思ってたのにひとりだとなんだかとてつもなく広く感じる。

「2週間…」

肩にかけていた鞄を無造作に投げ捨てカレンダーを横目に見ると、もう2週間も君と顔を合わせていないことに気づいた。

ケンカをした訳じゃない。
本当に、俺たちはいつも通りに過ごしていたはずだった。

バイトのない日は一緒に夕飯を作って、たまにはコンビニのお弁当を食べて、大学であったことを話したり、夜には薄っぺらい敷布団に身を寄せ合って君のバカみたいな寝言に頬が緩んだり。

「沙奈、まだ帰ってないんだ…へぇ…」

電話の向こうから俺とそっくりな抑揚のない本当に心の底からどうでもよさそうな祐希の声がした。
祐希はちょっと間をあけてから、不思議そうに俺に尋ねてくる。

「っていうか、さ…彼女が何の音沙汰も無しに突然帰ってこなくなったっていうのに、悠太落ち着きすぎじゃない」

「…え、そう、かな…」

「…うん。もしかしたら何かの事件に巻き込まれたり、誘拐されたり…」

「あはは」

あまりにも渇いた笑いを漏らしてしまった。

「まぁ…それか悠太フラれたんじゃん?実際それが一番可能性あるよね」

「やっぱり、そう思う…?」

というか、もう全然笑えない。
祐希はちょっと呆れたようなため息を吐いて「俺、明日朝からバイトだから」と早々に電話を切った。
携帯電話の電源ボタンを押す俺の指が、俺のものじゃないみたいに震えていた。

全然…落ち着いてなんかないよ。祐希。

震える指にチカラを込めて電話帳を開く。大宮 沙奈の名前で通話ボタンを押した。

Wおかけになった電話番号は…W

最後、君はどんな顔をしてたっけ?何を話していたっけ?たぶん、そんなことも記憶に残らないような他愛のないこと。

君の笑顔が、見たいな。
あの弾けるような、どんな悲しみも吹き飛ばしてくれそうな、あの眩しい笑顔が。

『…悠太くん!?』

部屋にひとり項垂れる俺を、目をまん丸にして覗き込んでくる沙奈と目が合った。

え?え?なに?沙奈?夢?幻?

『ど、ど、どうしたのっ!?どっか具合悪い!?』

わたわたと、俺のおでこに手を当てたりして慌てふためいている沙奈が信じられない。
俺はもうフラれたとばかり思っていたものだから、こうして目の前に沙奈が現れたことが奇跡にも感じられた。

まぁ、表情には出てないんだけれど。こういう時、ポーカーフェースは損なのか得なのかわからない。

「…どこ、行ってたの」

『え…おばあちゃん家に行くってメール…』

「もらってないけど」

『え…?う、ウソ…っしたよ!絶対した!』

焦ったように自分の携帯電話を開いてピピピッと音を鳴らす沙奈を見守る。

『保存、になってた…』

「………」

『ごめん、なさい…』

「電話…繋がらなかったし…」

『…おばぁちゃん家、圏外なの…』

「じゃあこっち着いてからでも連絡くれればよかったのに。迎えに行くのに」

『あ…それは、その…ビックリさせようと思って…』

「……それで俺は2週間も放って置かれた訳ですね…。おばあちゃん家楽しかった?」

『う、うん…お土産、持ちきれなかったから、あの、郵送で………』

「……ふーん…」

『…ごめんね?寂しい思いさせちゃった…』

「別に、寂しくなんかなかったけど」

『はい、ウソー!悠太くん目が赤いよ??クマもできてる!』

アハハ、と困ったように笑った沙奈が、膝立ちになって俺の頭を抱えるように抱きしめた。
ふわり、沙奈の匂いが俺を包み込む。

俺の一番安心する場所。

たかが二週間、されど二週間。
君の大切さを知った、特別な二週間。

手の震えはすっかり治まって、目頭が熱くなってきたことがバレないように沙奈の細い腰に腕を巻きつけた。

『ねぇ…悠太くんて、実はけっこう甘えん坊だよね??』

「え…、そんなことはじめて言われたけど…」

『ふふふ…いいよ。私だけ知ってれば…。悠太くん、ごめんね…大好き』

おでこにちょん、と唇を押し付けられ、なんだか切なくなった。
細い腕を引き、後頭部に腕を回して、キツくキスを交わす。
あぁ、もう離したくない。

「俺も…好きだよ」

『へへ…なんか照れちゃうなぁ』

照れちゃう…って、それもそうか。思えば、こうして改めて気持ちを口にして確認し合うこともほとんどなくなってた。
間近で照れ笑いを浮かべる沙奈に、またキスをする。

『ん…んぅ…!ちょ、…と、待って!』

「待ってって、俺どんだけ待てばいいの」

目と鼻の先にある真っ赤な顔をした彼女は、眉を垂れ下げて困った顔。
思いっきり甘えてるじゃん、と自覚しておかしくなって笑ってしまった。

『ゆうた…?』

「うん、そんなことより寒かったでしょ?早くお風呂入って寝よ」

『う、うん…?…って、ゆうた、くん、??』

「うん?」

『なんでついてくるの…』

「俺も一緒に入るから」

『そんな当然みたいな顔して何言ってるの!?ダメダメ!絶対!ダメだからねっ!』

「えぇ…」

『そ、そんな、可愛い顔してもダメーっ!!』

今日はとことん甘えてしまおうかと思います。






*彼女のいない日々*end

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