OTHER GENRE

□一方通行愛憎模様(ラビ→ミランダ)
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 取りあえずオレ、ミランダは好きだけどコイツは嫌いだ。





  一方通行愛憎模様





 ミランダの古時計は、黒の教団本部のロビーに置かれていた。イノセンスを抜き取ったその古時計は誰にでも触れられるようになったが、そのゼンマイを回し、綺麗に磨く役目は所有していた時と変わらずミランダの仕事であった。そのように役割を決めたわけではなく、自然とそうなった。この古時計はイノセンスと分かたれた後もミランダと共に在るものだから、ミランダが殉教する時にこの古時計は止まるべきなのだ、と。誰が言うともなく。
 数少ないエクソシストが失われるのはとても痛ましい事だが、無事に任務から帰ってきたミランダが古時計のゼンマイを回して、毎時間に古時計が嬉しそうに時を告げてくれると、その音は教団で働く者達に今日も生きているのだという事を実感させ、神に感謝したい気持ちにさせてくれた。

 今日も今日とて、現在任務に就いていないミランダは、大切な友である古時計を鼻歌混じりにいとおしげに磨いていた。
 ――そしてそれを眺める、不機嫌そうな青少年がひとり。

「…なーあミランダ、それ楽しいんかぁ?」

 古時計の隣にあるベンチに仰向けに寝そべりながら、同じく現在任務のないラビは読んでいた本の陰から気のない口振りでミランダに問いかけた。
 声をかけられてミランダは自分があまりにも熱中していた事にやっと気づき、パッと顔を赤らめた。

「えっ?――ええ、もちろん」

 楽しいと言うか幸せなのこの子は私の大切なお友達だから出来るだけ綺麗にしてあげたいのよたまに私の相談相手にもなってもらうの慰めてくれるのよ優しいのよ、とミランダは眩いばかりの微笑を浮かべ珍しいほどの饒舌さで答えた。しかし全て古時計に向かって喋っていた。ラビの口の端がヒク、と引きつる。
 そうなんかぁ、とラビは相変わらず気のないフリをして相槌を打つと、古時計の側面に添えられたミランダの白い手の甲をちらりと見つめた。
 そこには、ミランダがイノセンスの適合者である事が判明した巻き戻しの街で、ノアの一人につけられた大きな傷跡がケロイド状になって残っている。そして彼女と同じような傷跡(というか修理跡)が、彼女が触れている古時計にも残っていた。
 なぜ同じ傷があるのか? 答えは簡単、ミランダが古時計に磔にされたからです。

(――ってアホかァァッ!! テメーの目の前にいるテメーの適合者くらい守りやがれィ!)

 とまあ、ラビは非常に理不尽な怒りをこの古時計に対して抱いていた。あんなに優しい手つきでミランダに撫ぜられているのも許せない(その辺は単なる嫉妬だ)。
 それは無意味と言えば無意味な感情であり、そもそも怒りの矛先が間違っている。古時計も傷をつけられた上に結局はミランダのイノセンスがノアを退ける役に立ったし、ミランダにとってこの古時計はエクソシストになる以前からのたった一つの宝物であり、彼女を受け入れてくれるかけがえのない友でもあるのだから、ラビが敵対心を持つだけ無駄なのだ。
 解かっている。解かっているが、腹が立つ。ミランダに傷をつけたノアが目の前にいない事も大きいかもしれない。ただの責任転嫁というやつだ。
 だがしかぁーし、とラビは本の陰から古時計に向かって悪い笑みを浮かべた。

(テメーじゃオトモダチにはなれてもコイビトにはなれねェだろ)

 オレにはミランダに愛を囁き、抱きしめて、守ってやる事が出来る。あんな一生消えないようなデケー傷跡、絶対に創らせるもんか――意気込んでフンッと鼻息一つ。
 ラビのその気概は立派だが、ミランダ自身にはまともに接触すら出来ていないのが実状だった。それもこれも、とこれまでの事を思い返し、再び苛立ちを募らせた。
 ラビがミランダを口説こうと――もとい、ちょっとお茶に誘ったりちょっといい雰囲気に持っていこうとしたりすると、必ずと言って良いほどこの古時計が邪魔をした。時を告げてミランダの気を逸らし、何か約束や仕事の予定を思い出させて退場させ、取り残されたラビを嘲笑うかのように余韻を響かせるのだ。そのくせ、他の者がミランダに近づいた場合には何の反応も示さない。
 タイミング云々の問題ではないとラビは確信していた。この古時計には間違いなく意思がある。取り出したイノセンスのみみっちい残りカスみたいなものが今もこの中に留まって、ミランダを見守り続けているのだ。
 そうだとして、つまりこの古時計はラビの事を認めていないのだ。この古時計を嫌いな理由は色々あるが、それがぶっちゃけ一番ムカつく。そろそろ限界だった。いつか消える人間だから近寄るなって?――ハッ、上等さ!
 ラビは決起した。
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