OTHER GENRE
□サンキュ(跡部×桜乃)
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「――以上により3勝2敗1ノーゲーム青学の勝利です」
そんな審判の言葉が頭に響いた。
俺たち氷帝学園は、関東大会の一回戦で青学に負けた―。
サンキュ
「…無様ったらねぇな…」
試合が終わり、会場の人ごみもまばらになった頃に俺は一人ベンチに座りながらそう呟いた。先程まで白熱した試合が行われていたコートを見つめた。
こんなところで、負けるわけにはいかなかった。
こんなところで、消えるわけにはいかなかった。
俺たちが目指すものは、もっとずっと先にあるはずだった。
手が届くどころか、夢のまま消えてしまった。
…俺の部長としての実力なんて、こんな程度かよ。
「…ハッ」
無様すぎて乾いた笑いが零れた。
昨年は関東大会で準優勝だった。
しかし、俺たちはその結果に満足せずに『来年は関東を制して全国制覇だ』と、誓った。その誓いは思った以上に脆く、アッサリと破られてしまった。
試合が終わった後、誰一人として俺を責めなかった。
全国まで導けなかった、情けない俺を。
せめてまだ、責めて罵声をあびせてくれれば楽なのに。
どのくらい、そのままそうしていたんだろう。
いつの間にか、風が冷たくなってきた。
だけど、まだそこから動きたくなかった。
今はまだ…一人になりたかった。
一人になりたかったのに、そう思う時にそうはいかなかった。
後ろから誰かの気配を感じて振り向くと、そこには長い三つ編みの少女―桜乃が心配そうな表情で俺を見つめていた。
階段をトントンと下りてきて、おずおずと俺の傍に来た。
何故だか、桜乃が泣きだしそうな顔で。
「跡部さん…」
「何だ、まだ帰ってなかったのか」
「はい、だって…その…心配で。
あの…大丈夫…ですか?」
「ああ、大丈夫だ。だからんな顔すんな」
そう言って、隣に座るように促し、今にも泣き出しそうな桜乃の頬を触った。
桜乃はかすかに赤くなりながらも、悲しげに顔を伏せた。
そして、か細い声で話しはじめた。
「私…すごいと思いました、跡部さんのこと。
跡部さんの試合初めて観たけど、すごく強くて、かっこよくて、目が離せなかった。
私、青学の生徒だけど、手塚先輩と跡部さん、どっちを応援していいのか解からなくなるくらい…。だから…」
「………」
「だから…えっと、上手く言えないんですけど…胸、張っていいんだと思います…きゃっ」
たどたどしくも、精一杯励ましてくれる目の前の小さい存在がたまらなくて、思わず抱き寄せた。
同情なんかじゃなく、本当の気持ちで、俺のしてきたことを認めてくれたことが嬉しかった。
「あの…跡部さん…?」
「…少し黙ってろ…」
「………」
桜乃は黙ったまま、俺にされるがままになった。
しばらくして、桜乃が静かに口を開いた。
「跡部さん、氷帝の生徒じゃない私がこんなこと言うのおかしいかもしれないけど…三年間、お疲れ様でした…」
「………」
俺は何も言うことができず、ただ抱き締めてた腕に力をこめた。
桜乃は何かを察したのか、桜乃もそれきり何も言わずに俺に抱き締められたままだった。
慣れない仕草で戸惑ったように、でも優しく背中を撫でてくれる、そんなことに俺はバカみたいに安心して目を閉じた。
『胸張っていい』…か。
お世辞でも、上手いとは言えない慰め方だ。
だからこそ、本音で言っているのが解かる。
その下手な桜乃らしい慰め方が、今は心に染みる。
「…桜乃」
「あ、はい」
「俺様を慰めるんなら、もう少し上手く慰めろ」
「あ、そ、そうですよね、ごっごめんなさい…」
聴きなれたその言葉を聴いて、声を殺して笑った。
そして、小さく呟いた。
「…サンキュ」
「え…何か言いましたか?」
桜乃には聴こえなかったらしく、きょとんとする。
そんな桜乃に薄く笑いながら。
「いいや、何でもねェよ」
「そうですか?」
「さて、風も冷たくなってきたな。そろそろ帰るか」
桜乃を離し、よっ、と立ち上がる俺を桜乃はまだどこか心配そうに見つめていた。
「…どうした?」
「跡部さん…ホントに大丈夫ですか…?」
「残念ながら、俺はそんなやわにできてねェんだよ」
そう言ったら、桜乃がめずらしく疑いの目を向けてきた。
確かにもう全く落ち込んでいないと言ったら嘘になるが。
やれやれと、小さく溜め息を吐きながら、桜乃の頭をくしゃっと撫でた。
「大丈夫だ。
誰かさんの下手な励ましのお陰で、少し楽になったからな。…だからそんな心配すんな。いいな?」
「はい…!」
少しの悪態も桜乃には通じなかったらしく、照れくさそうに嬉しそうに、小さく微笑むように笑った。
「もう行くぞ」
「あ、はい」
桜乃の手を取って、冷たい風を受けながら歩き出した。
きっと、明日にも俺は歩いていけるだろう。
お前こそが、俺を動かす原動力。
その後、開催地枠ということで氷帝学園の全国大会出場が決まった。
青学にとっては、いい迷惑だろうな。
今度は勝利した氷帝の姿を…俺を、お前に見せられたらいいと思う――。
END
05.2.17