OTHER GENRE

□言霊の幸わう国(銀新)
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「僕、銀さんが好きです」

 ソファに寝っ転がってジャンプを読んでいた俺の傍らに立った新八が、唐突にそんな事を言ってきた。
 唐突ではあるが、知ってはいた。俺を見る新八の眼差しが、時折熱を持っていた事を。お前が俺をずっと見つめていた事を、俺は知っていたんだ。だから驚く事はない。
 俺を見下ろす新八にジャンプの陰から一瞥をやって、またジャンプに視線を戻して俺は答えた。

「ああ、俺もだ」

 珍しくしんと静まり返った室内に、ページを捲る乾いた音がいやに大きく響く。
 一呼吸間を置いて、新八が再び口を開いた。

「…意味、解かってますか?」
「解かってるよー。新八は銀さんにラブなんだろ?」
「はい。それで、銀さんは」
「だから、俺も、だってば」

 どうせお前も知ってんだろが。俺がずっと、あらゆる欲に満ちた眼差しでお前を見つめていた事。お前が欲しくて堪らないって、お前が死んだ魚のようだと比喩する俺の目は語っていただろ?
 ただ今の今まで、どちらも言葉にしなかっただけだ。
 ――そしてその均衡を崩すのは、必ずお前なんだ。

「「俺も」じゃ納得出来ません。そういうの、一度でもきちんと口にするべきです」
「えー? 言葉にしないと不安?」
「不安です。ちゃんと言ってもらわないと、僕はこのまま前にも後ろにも進めやしない」
「へー。なに、前に進んだら俺にキスでもしてくれんの?」
「ッ…し、してもいいです」

 俺はまたジャンプの陰から新八をチラッと見て、本を閉じ、身体を起こしてソファに座り直す。
 顔を仄かに赤くして立ちっ放しでいる新八を、首をボリボリ掻きながら見上げ、また視線を下ろした。

「…俺からするんじゃダメ? つーか、してーんだけど」
「んな中途半端な野郎に唇はあげられません」

 果たしてこれが両想いだと確認し合った者同士が最初にする会話だろうかね。や、俺が悪いってのは重々承知なんだけどさ。

「ちなみに、後ろに進むと新八君はどうなんの?」
「……あんたをぶん殴ってから万事屋辞めます」
「あー…そいつァ困るな」

 内心動揺した。そりゃ極端過ぎるだろ!ってツッコミ入れたいのに、それも仕方ないか、って納得しちまってる。でも離れてほしくない。万事屋辞めんのは最後の最後に取っておいて下さい頼みます。
 新八の声も表情も至って真剣で、冗談なんかじゃねえって事は嫌でも解かる。
 それを言うなら、俺だって最高に真剣だ。俺も同じ気持ちだという言葉に嘘はない。
 だけど俺は、お前を縛る言葉を、決して口にしたくない。

 言葉には魂が宿る。言葉は口にした時から呪詛のように相手にも自分にも絡みつき、大なり小なり影響を与えるものだ。
 お前が俺への気持ちを口にした瞬間、俺はお前の言霊に縛られた。その支配力に、はぐらかすという選択肢は失われていた。
 もっと厳密に言うならば、お前に「家族と思っていい」と言われたあの時から、俺は雁字搦めにされているんだ。自分の為には死ねない、家族のお前を、お前達を可能な限り生きて護らなきゃと本気で思わされた。罪だよホント。

 ただ新八が俺を縛るのはいい。新八の鎖はやたら強靭だが、この上なく柔らかくて優しいから。
 けれど、若くて未来のある新八を、俺のようなダメな大人に――ましてや同性の男に縛りつけてしまうのはあまりに忍びない。俺の鎖は歪過ぎて、きっとお前を傷つけてしまう。
 例えば新八が他の奴と話してるだけで嫉妬に狂ったりするようになるんだぜ? そんで実際に「俺以外の奴と話すな」とか理不尽な事真顔で言っちゃったりするんだぜ? そういうの重いだろ、痛いだろ?
 だから俺は何も言わねーんだ。それは別の意味でお前を傷つけちまうかもしれないけど、お前がいつでも引き返せるように。

 変に誤解はされたくないんで言っとくけど――みたいに、思ってる事を掻い摘まんで新八に説明すると、新八は顔を引きつらせ、吐き捨てるように感想を述べた。

「馬鹿ですか、あんた」
「おうおう何とでも言えばいいさ。お前も大人になれば俺の言ってる事が理解出来るようになるよ」
「そんなの、一生、理解なんて、したくありません」

 一言一言区切る毎に、新八はじわりじわりと俺に近づいてくる。俺の目線に顔を合わせるように屈み込み、ガッと胸座を掴んで引き寄せた。意外にすごい力で、抵抗も何もしないで脱力していたら軽く腰が浮く。

「僕が誰に縛られるかなんて事は僕が決める! あんたが勝手に決めるな! 未来なんて関係なく、僕は、今、あんたが欲しいんだ! 僕が欲しいのはあんただけだ!」

 ……あーあ…すんごい殺し文句だね。そんな必殺技隠し持ってたの? 誰でも口説き落とせちゃうよお前。残念な事に唾飛んできたけどね。
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