OTHER GENRE

□エリュシオン(銀新+神)
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 反吐はもう飽きるくらい、血が混じるほど吐いてきた。
 攘夷戦争に参加し始めた頃は本当に血反吐まみれで、それでもしばらくすれば、敵味方どちらのどんな死体を見ても平気なくらいに、身体は時代と環境に順応していった。あの頃の夢を見たって、寝起きは最悪だが吐く事もなかった。
 だが――なあ? さすがにこれはねぇだろ? なんだってアイツらが■ぬ夢なんて見た? しかもただ■んでるってだけじゃなく、それはもう無惨な形で。
 夢は脳の情報整理のついでに見るモンだとかってテレビで言ってた。どこであれとアイツらの情報が混線した? バカじゃねぇの、俺の脳。夢でもこんな冗談やめてくれ。
 空っぽの腹から吐き出した胃液の饐えた臭いに耐え切れず水を流し、古びた厠にへたり込んだ。新八がいつも綺麗に掃除してくれてるお陰か、便所だというのにそんなに不潔さはない。俺がひとりで暮らしていた頃はこんな所、気にも留めていなかったのに。
 ほら、こんな不浄の場所にでさえ、アイツらの気配の残滓があるじゃねーか。二度とゴメンだ、あんな夢。

 よろよろと立ち上がって、流しで口を濯ぐ。ついでに水を飲んで胃を落ち着かせ、一息ついたところで玄関が開く音がした。
「おはよーございまーす」
 聴き慣れた少年の声。ああ新八が出勤してきたのかとぼんやり思う。俺はこの時間いつも寝ているからよく知らなかったが、新八はこんな早くにうちに来ていたのか、と感心する。
 自分ちでも姉ちゃんと自分の朝飯作ってんのに、こっちでも俺と神楽が寝ている間に二人分の飯を用意してくれるなんざ、通い妻の甲斐甲斐しさに涙が出らァ。

 真っ直ぐに台所に入ってきた新八は、俺が起きている事に驚いて目を丸くした。
「あっ、おはようございます。銀さん、早いですね」
「おー」
 俺が軽く挨拶を返すと、新八は「ん?」と眉を寄せて、つかつかと俺に近づいてくる。
「銀さん…何だか顔色悪くありませんか?」
 目の前に立って俺の顔を覗き込んでくる新八。

 ――その時だ。悪夢と、現実の新八がいきなりオーバーラップした。
 夢と現実はまるで似ても似つかない状態なのに。
「うッ…!」
 また不意に吐き気が込み上げてくる。慌てて流しに向き直り、先程飲んだ水を吐き出した。
「銀さんッ!?」
 新八も慌てた声を上げて、俺の背中を優しくさすってくる。
「大丈夫ですか!? 昨夜飲み過ぎたんですか? ああでも昨日はずっと万事屋にいましたよね……僕が帰った後に飲みに行ったんですか?」
 とりあえず酒から離れろ眼鏡。声にしてツッコミたかったがそれよりも気分が悪い。
 新八はパタパタと足音を立ててどこかへ行って、俺が口を濯いでる間にまたすぐ戻ってきた。その手にはタオルが握られていて、濡れた俺の口元に押し当ててくる。
「飲んだんじゃないとすると、風邪でもひいたんでしょうか…」
 そう言って心配そうに俺の額に手を伸ばしてきた。外から来たばかりなので新八の手のひらはひんやりとしている。それが気持ちいいのに、どこかゾッとした。まるであれみたいで。
「んー…ちょっと熱いですね。風邪かもしれませんよ」

「新八ィ…朝からうっさいアル…」
 薬とか飲んだ方がいいんでしょうか、などと新八がぶつぶつ呟いていると、今度は神楽が台所に顔を出してきた。明らかに不本意な起床だったようで、目をこすってこちらを睨んでいる。
「あ、神楽ちゃんおはよう。何か、銀さん具合悪いみたいなんだ」
「マジでか!」
 パッと目を開けた神楽が、新八の横に並んで俺を見上げてきた。二対のどんぐり眼に見つめられて、俺は目眩がした。
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