OTHER GENRE

□枝と苗 2
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 数ヶ月前に新しく出来た上級生の友達は、ボクのクラスの個性的な面々に負けないくらい濃い人だ。
 時々ひどく危険な言動をするし、何かあると「希望希望」って、盲目的なまでの希望信者。
 彼の生い立ちを聞けばそうならざるを得なかったのも理解は出来るけど、彼を守ってくれる人は本当にいなかったんだろうか。
 自分が嫌いな狛枝クンは、誰も傷つけたくなくて、わざと差し伸べられる手を見ないようにしていたんじゃないかと思う。
 そんな彼が、自分からボクに手を伸ばしてきた。そしてボクはその手を取った。取ってしまった。今考えると、責任重大だな。
 ボクは狛枝クンに何かしてあげられるかな、とよく思うのだけれど、彼が真に望むのは『超高校級の希望』であってボクじゃない。ボクはそれが現れるまでの一時的な支えにしかなれないんだろう。
 でも彼がボクという精神安定剤を必要としなくなる日が来るのなら、それでいいと思うんだ。
 それがいい、と思っていた。


 * * * * *


「げ、また来たのかよ狛枝」
 窓際の不二咲クンの席で話をしていると、廊下側から桑田クンのうんざりした声が聴こえてきた。
 人の陰からそろっとそちらを窺えば、機嫌の良さそうな狛枝クンの姿が見える。
「やあ桑田クン。今日も野球の練習頑張ってるかい?」
「練習なんかしねーって! つーかオメー苗木の他に友達いねーのかよ! 毎日毎日来やがって!」
「いないよ。ボクは苗木クンが友達なだけで充分幸せなんだ。毎日でも逢いたいと思うのは当然でしょ?」
「オメーマジ色んな意味でこえーよッ!」
「だから言ったべ、アブない奴だって!」
 不吉な会話が聴こえる……あの混沌の中へ入り込む勇気はボクにはない。そしていつの間にかうちのクラスに馴染んでる狛枝クンが地味に怖い。
 不二咲クンがおろおろ不安げにボクを見つめている。ボクはただ黙って首を横に振った。
 不二咲クンの机に突っ伏して気配を消してみたが、そんなカモフラージュは狛枝クンには通用しない。
「あっれえ苗木クン? そんな所で縮こまってどうしたの? ちっちゃい身体が益々ちっちゃくなっちゃって、可愛いね」
 あっさりと見つかり遠くから大声で「ちっちゃい」を連呼されて、怒りやら恥ずかしさやらで頬が熱くなる。
 ……こんな風に人が気にしている身長の事をしょっちゅう揶揄ってくるところは嫌いだ。悪気がないらしいから尚タチが悪い。
 無視して顔を伏せたままでいれば、狛枝クンが素早く近づいてきて、ボクの天辺の髪を摘んでちょいちょいと引っ張ってきた。
「なーえぎクン、あーそびーましょー」
 子供の誘いみたいに実に無邪気に呼びかけてくるものだから、段々怒っているのがバカらしくなってくる。
 正直に言うと、ボクは狛枝クンに甘い。彼の巧みな誘導と強引さも相俟って、いつもなかなか拒否が出来なかった。

 でも、今日はダメなんだ。言わなきゃいけない、心を鬼にして言わなきゃ……
「今日はダメだぜ狛枝。これからクラスの男連中でラーメン食いに行くんだ」
「俺は了承した覚えはないがな……まあそういう事らしいぞ狛枝、貴様は疾く消えろ」
 ボクがまごまごしている間に、スパッと言い切る大和田クンと辛辣な十神クンの声がした。
 ハッとして顔を上げれば、そこにはいつものように微笑んでいる狛枝クンが。
「そっか……それなら仕方がないね。苗木クン、皆で楽しんできて」
 ――なんて、寂しそうに言うものだから。
 愚かにもボクは、手を伸ばさずにはいられなかった。
「こ、まえだクン! キミも一緒に行かない?」
「えっ?」
 今にも立ち去りそうな狛枝クンの袖を掴んだ。口走った言葉に後悔はない、けど、きっと彼は断るのだろうなと直感的に解かってしまった。
 その予想通り、狛枝クンは袖を掴むボクの手を取って、首を横に振る。
「……ありがとう。だけど行けないよ、苗木クン。水入らずのところに割り込む程、ボクも無粋じゃないからね」
「でも」
「いいんだ。キミの顔を見られて、キミに優しい言葉をかけてもらえて、今日はそれだけで幸せなんだよ」
「狛枝クン……」
 何だか罪悪感。この埋め合わせはきちんとしようと心に決める。

「でもさ、苗木クン――」
 穏やかだった声音が突如変わり、狛枝クンはボクの腕を引っ張って立ち上がらせた。
 それからボクの両頬を大きな手で包み込むと、長身を屈めて顔を覗き込んでくる。
「明日はキミの時間をボクにくれる、よね?」
 囁く低い声は妖艶。瞳の奥にはぐるぐると渦巻く狂気が見えて、ボクは背筋が冷えた。
「う、うん……あのー、狛枝クン?」
「んー?」
「か……顔、近いよ?」
「うーん。このままキス、出来そうだね……しちゃおっか」
 いやいやいや目が本気だよ怖い怖い怖い怖い怖い……!
 彼は友達と恋人を履き違えてるんじゃないかって思う時が多々ある(手を繋ぎたがったり抱きついてきたり頬を撫でたりエトセトラ)。本人曰く、どちらも縁が薄かったので境界が曖昧だとか何だとか。嘘くさいような、嘘だったらこの状況が逆に怖いような……
「いやあぁぁあ! やおいは勘弁してくだされぇえ!」
「ちょ、ちょっとあんた達、あああたしの前でび、びび、BLなんて許さないわよ……!」
 山田クンと腐川さんの絶叫が教室にこだまする。そんなの、ボクだって全力で遠慮したい。
 今すぐ逃げ出したいのに、蛇に睨まれた蛙の如くボクは固まって動けないでいた。……何か、さっきよりも狛枝クンの顔が近づいてきてるような気がしないでもない。
「ええい苗木くん狛枝くん! 僕の目の黒い内は不純同性交遊など許さないぞッ!」
 鼻先が触れる寸前で、石丸クンがボク等をべりっと引き剥がしてくれた。
 さすがは『超高校級の風紀委員』、キミはボクの恩人だ! 金縛りが解けたボクは、涙ぐみながら石丸クンと熱い握手を交わした。
「あーあ、残念……」
 どこまで本気なのか、狛枝クンはふぅと溜め息をついてボク達を見遣る。
「……でもまあいいや。苗木クン、また明日ね」
 そして次の瞬間には先程までとは打って変わり、けろりとした様子で狛枝クンは手を振って、教室を出て行ってしまった。

 ――正に嵐のような数分間。
 防風林とも言えるクラスの皆がいてくれなかったら、この名の通りボクみたいな苗木は狛枝クンにあっさりと薙ぎ倒されてしまっただろう。
 狛枝クンが教室に来ると大分体力を消耗するので苦手だ。二人でいる時は比較的普通なのにな……どうしてなんだろうと考えると謎の寒気が襲ってくるので、それについてはあまり掘り下げた事はない。
 とにかく狛枝クンのあれは『依存』なのかなと思う。数少ない友達だから手放したくないっていう気持ちは解からなくもないけど、どうも匙加減がおかしい。
 狛枝クンの『幸運』の反動に起こるらしい『不運』をボクは被った事はないけど……明日ボクは無事でいられるだろうか、なんて嫌な予感が頭に居座り続けていた。
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