OTHER GENRE

□枝と苗 1
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 一度は恐れ多くて入学を断ったとはいえ、結果的にボクはこの希望ヶ峰学園に来て良かったと思っている。
 だって、『希望の象徴』と呼ばれる才能を持った彼等を特等席で見続ける事が出来るんだ。

 本当に幸せで、幸せで。本当に――本当に……?

 芸術や運動の才能を持った人が解かりやすく大会や何かで一番の賞を貰う。その華々しい姿にボクはとても胸が熱くなる。彼等は輝かしい希望へと育っている。はず。
 でもそれと同時にボクは、言い知れない失望感を覚えていた。
 キミ達の希望はこんなものなの? ボクが見たい希望は、こんなものだったのか?
 ボクが欲しくて欲しくて堪らないものを、キミ達は生まれながらにして持っているんだろう?
 足りない、希望に足りない。届かない。触れたい。見せて。

 そんな自分の劣悪な感情を持て余していた学園生活三年目、ボクはある事を思いついた。
 それはほんの気紛れ、暇潰しにしか過ぎない。最低なボクに相応しい最低な思いつきだ。
 ――この学園にボク以外に四人もいるはずの、『超高校級の幸運』などというどうしようもない才能で選ばれた生徒は、何を思ってこの学園にいるんだろう?
 『幸運』って、何なんだろう?


 * * * * *


 『1−A』というプレートが掲げられた一階の教室を覗く。放課後だけど、まだほとんどの生徒が残って雑談に耽っているようだった。
 ドアの一番近くにいた、髪をアップにしている女子(自称『超高校級の超高校級マニア』の知識によると、彼女は恐らく『超高校級のスイマー』さんだ)に声を掛ける。
「すいません。このクラスの『超高校級の幸運』の子って、誰かな? 呼んでもらえる?」
「こーうん……?」
 彼女は首を傾げると、数秒後合点がいったようにぽむっと手を打ち鳴らし、教室の真ん中に向かって大声を上げた。
「苗木ーっ! お客さんだよー!」
 ……やっぱり『幸運』なんてゴミカスな才能は、誰にも覚えててもらえないものなんだな。
 こっそり自嘲を洩らして、苗木と呼ばれた生徒が来るのを待っていると、スイマーさんの隣にいた長い銀髪の鋭い目つきをした女子(この子は知らないなぁ)が、ボクを見上げて言った。
「あなた、苗木君に何の用?」
「何の用って……」
「あなたはこう言ったわ、「このクラスの『超高校級の幸運』の子って誰?」って。つまり苗木君の知り合いではないって事よね。それに、彼がそんな風に肩書きで上級生に呼び出されたのも初めてよ」
 目つきだけでなく読みも鋭い子だなぁ。きっと素晴らしい才能を持っているに違いないんだろうなぁ。
 何だかほっこりとした気分で、ボクを訝しむ彼女と向き合っていると、「あの……」というか細い声が聴こえた。
 そちらに目を向けると、ツンとした天辺の髪の毛が目立つ、童顔で背の小さな――一般人オーラを放つ男の子がいた。間違いなく、彼が『苗木』クンだろう。
「ボクにお客さんって……」
「キミが苗木クン? 初めまして、ボクは七十六期生の狛枝凪斗です」
「あ、えっと、苗木誠です」
 顔に親しげな笑みを貼りつけて手を差し出せば、相手も釣られて手を取り名乗った。
「キミと、話がしたくて」
「はあ……」
「外で話さない?」
 断られたら断られたで構わない。どうせ退屈しのぎなんだから。
 銀髪の彼女のように自分の知らない希望の器がまだあるのだと解かっただけでも、今日は充分だ。
 そう思っていた――予想外の事態が起こるまでは。

「よう苗木ィ! なンだ校舎裏にでも呼ばれてケンカか? 手伝ってやろうか!」
「ム……必要ならば我も助太刀するぞ」
「苗木っち! そいつはアブない奴だべ危険だべ! 俺の占いは三割当たる!」
 教室のあちこちから次々に飛んでくる声。それらは全て苗木クンの身を案ずるものだった。
 よく見回せば、教室の誰もがボクには敵意や疑心の、苗木クンには心配の目を向けている。
 こんな事は初めてだった。他の学年の『超高校級の幸運』を呼び出した時は、誰もボク等の事など気にも留めなかったのに。
 当たり障りなく巧くクラスに溶け込んでいる、というのとは全く違う。苗木クンはまるで彼等から同等の『仲間』として認められているような……そんな、不思議な何かを感じた。
「ちょ、ちょっと皆……ケンカとかじゃない、はずだよ多分!」
 苗木クンは慌てて皆を宥めている。そしてボクに向かって「何かすいません」と謝った。
「外、行きましょう。何の話か解かんないですけど、ボクも他の学年の人と話してみたいです」
 ポジティブ、な子だなー……しないけど本当にイジメとかカツアゲとかだったらどうするんだろ。
 ボクは何だか呆然とどうでもいい事を考えながら「うん行こうか」と言って、苗木クンを促した。
 彼が教室を出てボクに並んで歩き出すと、背後からまた威勢のいい声が上がる。
「苗木くん! 何かあったらすぐに僕達を呼ぶのだぞ!」
 まただ。また。不思議な感覚。
 ――苗木クンはボクと同じなんじゃないの?
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