□後編
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 数年後、僕はこの世界の帝王となった。世界にあふれていたくだらない戦乱をすべて沈め、この世界をひとつに統一したのだ。
 当初の第一目標を達成した僕は、世界の統治に乗り出した。世界を数十の管区に分割して、信頼の置ける部下をそれぞれ配置する体制を取った。この世界のあらゆるところに瞬間的に移動可能な僕の力を持って、数日置きに査察を行っているので問題はない。嘘をついたとしても、表情の機微な動きで結構分かる。なにを考えているかも、手に取るように。
 実際、僕が統治してからこの世界は安定を見せ始めた。臣民の意見を取捨選択した法を作ったり、僕自身が現地に赴いて環境を調査してそこに適した作物を判断して、その栽培を推進したのがよかったのだろう。僕が拠点としていた城には膨大な資料や書物を貯蔵させて、それらを丸暗記していたのが役に立ったようだ。
 なかでも僕が力を入れているのは教育分野だ。そこでは幼年期や幼い成長期――僕も成長期ではあるが、当然例外だ――相手に算術や読み書きなど基本的な分野に含め、一番ウェイトを置いた道徳の授業を行う。幼少の頃から人型と獣型がいがみ合うことの愚かさを徹底的に教えて価値観を固めれば、成長したときに異種族だからと簡単に傷つけることはなくなるだろう。
 そう、幼少の頃はまだ価値観が固まっていないので、その頃から調整すればなんとかなる。
 だが、厄介なのはある程度成長して既に価値観が凝り固まってしまったデジモンだ。
 彼らはもう片方の種族を憎んでいた環境で育ったため、知らず知らずのうちにその考えに沿った価値観が形成されていったのだ。ソーサリモンのように無関心だったり、ロップモン達のように関係ないと考えられるデジモンのほうがやはり珍しい。
 だからか、人型と獣型の小競り合いは未だ絶えなかった。ほんの些細なことでぶつかり合うし、小さな乱闘も何度か起きた。僕の部下が早期に対処はしているものの、あまりよくない傾向だ。他の種族以上に、先の戦線でやりたい放題だった僕への恨みが募っていると思っていたが、僕の力に恐れをなして反逆する気も失せたようだ。
 だが、大きな大戦は起きることはなくおおむね平和が保たれていたので、少なくとも前よりはよくなったと考えているものも多い。戦乱直後はあまりよくなかった臣民の僕への評価も上り坂にある。何はともあれ、少しずつでも僕が望む世界を受け入れてくれていっているならありがたいことだ。
「ルーチェモン様、少しよろしいでしょうか」
 僕の臣下であるミスティモンに声をかけられたのでここで回想を打ち切る。……それにしても珍しいな。こいつとナイトモンは臣下の中でもずば抜けて優秀だから、自分から仕事で僕に声をかけることは少ない方なのに。
「なんだい? わざわざ来るってことはそれなりの用件なんだろ」
「ええ。実は、“始まりの町”を管理しているスワンモンから気になる報告がありましたので」
「気になる報告?」
 ミスティモンがそこまで言うということはそれほど特殊なものだということか。なんにせよ聞いてみないと分からない。
「端的に言いますと、デジタマから成長期のデジモンが孵ったらしいのです。それも、三人も」
「なに……」
 基本的にデジモンは幼年期として生まれ、そこから進化を重ねていく生物だ。つまり生まれた段階でフライングしているということだ。成長期一人でさえ珍しいのに、これほどの事例はどれほどの確立で起こるのだろうか。
 なんにせよ、これは異常な現象だ。直接確認する必要がある。
「とりあえず行ってみるよ」
 そう言うのとほぼ同時に、僕は六つの翼で“始まりの町”へと大急ぎで飛んだ。そこで待つ予想外の出会いなど知らずに。




 森に包まれたその町はこの世界のほとんどの生命が誕生する場所だ。“始まりの町”と呼ばれる所以もそこにある。
 この町を管理しているのは、スワンモンという柔らかな羽を持つ白いデジモンだ。だが、いつも膨大な数の幼年期デジモンを相手にしている彼女にしては珍しく、僕がいるのを確認すると、大慌てで走ってきた。
「どうしましょう、ルーチェモン様。私もこんなこと初めてなので判断のしようがないのです」
「ミスティモンから大体の話は聞いている。とりあえず会ってみようか」
「……分かりました。こちらです」
 未だ緊張した様子のスワンモンに案内され、僕はスワンモンの家へと歩を進める。そこで待ってもらっているらしい。
 シンプルでこじんまりとした家にたどり着いた僕は、ドアノブに手をかけてゆっくりとその扉を開ける。その直後、僕は一切の動きを止めた。
 そこにいたのは、報告通り三人の成長期デジモン。――それも、僕のよく知るデジモンだった。
「ロップモンにプロットモン、それにパタモン……」
 この状況に思わず面食らったが、別段おかしい話ではない。デジモンの死後、粒子化したその情報は再び集まり、デジタマとなってこの“始まりの町”に現れる。そうやってデジモンは次の世代を生きるのだ。
 それに、それ以前にこの三人が彼らの生まれ変わりと決まったわけではない。僕と無関係の個体だという可能性もあるのだ。
 今一度、冷静に彼らに向き合ってみる。
「あー、ルーチェモンですー」
「えあっ……」
 と思ったが、パタモンのその一言に僕は自分の耳を疑った。僕を知っている? それにこの口調、まるであのパタモンではないか。
「本当だ。だいぶ様変わりしたな」
「でも、体は大丈夫そうね。よかった」
 ロップモンとプロットモンも彼らそのものに思えた。……ということはやはり生まれ変わったのか。でも、なぜ成長期の姿なのだろうか。話を聞くと、本人達にも分からないらしい。孵化してすぐに自我が芽生えたときにはもうこの姿だったそうだ。
 なんにせよ、この再会は本当にうれしい。まるでこの世界が僕の努力をねぎらって褒美をくれたようだ。
 ――ただ、褒美はこれだけではなかった。
 唐突にカシャンッと何かが落ちた音が響いた。その方向を見れば、落としたカップを慌てて拾おうとする白い衣装を羽織ったデジモンがいた。その頭には服と同じく白いとんがり帽子。――僕はその姿を見て、一瞬で彼が何者か分かった。
「……ソーサリモン!」
 僕の叫びにも似た声を聞いて、彼は仕方なくといった様子でその顔を上げた。
「……ええ、私はソーサリモンです。それに、あなたとともに生活していた個体のデータから構成されたデジタマから生まれました」
 やはり、そうだった。忘れるはずがないのだ。彼は僕の起源と呼べる存在なのだから。だが、彼の僕を見つめる目は再会を喜んでいるという感じではなかった。
「でも、誤解しないでください。私はあくまであなたとともに生活していた個体のデータから構成されたデジタマから生まれただけで、君の知っている“ソーサリモン”自身であるというわけではないのです」
「えっ……?」
 正直、最初はソーサリモンが言っている意味が分からなかった。でも、なんとなく言わんとすることが分かってきた。
「私は以前の“ソーサリモン”の記憶と性格を「電脳核(デジコア)に刻まれているだけで、“ソーサリモン”とは別個体なのです」
 僕は何も言えない。そんな寂しいことを言われるとは思っていなかったから。そんな僕に構わずソーサリモンは続ける。
「そこのロップモン達もそうです。彼らもあなたの知っている個体の記憶と性格を引き継いでいますが、そのものというわけではありません。――現に、誰もあなたに『久しぶり』とは言わなかったでしょう?」
 思い返せば確かにそうだった。三人は前世の記憶から僕の情報を引き出したに過ぎないのだから、久しぶりでもなんでもないのだろう。
 それでも、この出会いは僕にとってはとても価値のあるものだった。
 だからか、自然とこんな言葉が出た。
「それでも、僕は君達といっしょにいたい。“僕”を作り上げてくれた君達四人と」
 それは紛れもない本心。彼らがいなければ僕は当の昔にこの世界から消えていたのだから。
「僕は構わないですー」
「別に行くところもないからな」
「聞きたいこともあるしね」
 パタモン達三人は案外あっさりと答えた。前世が僕とともに暮らしていた記憶を持っているだけだと彼ら自身が分かっている上でそう言ってくれるのは正直にうれしかった。あのときのような暮らしがまたできるならそれで十分だ。
「……すいませんが、私はお断りします」
 だが、ソーサリモンだけ頑なに拒んだことは悲しかった。なぜそこまで拒むのか。
「再三言ったとおり、私はあなたの恩人だった“ソーサリモン”ではありません。……あなたはいまだにその面影を私に重ねて自己満足したいだけでしょう?」
 彼の言葉に僕は何も言えなかった。認めたくないと思う一方で、頭の隅では納得していたからだろうか。そんな僕に構わず彼は続ける。
「私はそこの三人とは違い、記憶を保持したまま普通に幼年期として生まれました。再びこの姿に進化したのは偶然にすぎません。その間に私はさまざまな情報を集めました。――当然、あなたがしてきたことも」
 彼の言葉は清水のように、否が応にも僕の心に染み込んでくる。それはいやに冷たく、拒もうと思ってもどうすることもできずに受け入れてしまう。
 やめてくれ、それ以上はもう聞きたくない。
「私の前世やそこの三人の前世の死があなたの心に影を落としたことを踏まえても、私はあなたの行いをすべて受け入れることはできません。……だから、あなたとともに行こうとは思えないのです」
 彼が言い終わると同時に僕は膝から崩れ落ちた。立ち上がる気力も起こらず、ただ悶々と思考の迷路に潜り込む。確かに僕はこの手を血で染めずにこの秩序を作り上げたわけではない。
 だが、その何が悪い? 何を間違ったというのか? 彼が僕を拒否するというのなら、僕は何のためにがんばってきたのだ? 何でこんなことになった? 
 答えなど出るはずもなく、ただただその場で呆ける。パタモン達も戸惑ってか、動きを見せない。そんな僕達とは対照的に、ソーサリモンは淡々と身支度をしてドアノブに手を掛ける。そこで、彼は思い出したように再び口を開く。
「……前世の記憶から知ったのですが、人間界のギリシャにあるデルポイの神殿には三つの言葉が刻まれているそうです。“汝自身を知れ!”という言葉もその一つです。――今のあなたにはぴったりの言葉ですよ」
 僕は何も返せず、去り行く彼の後姿をただただ見つめことしかできなかった。
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