□第五話「激流の大鰐」
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「おっ? 何かが岩場の辺りに落ちひんかったか?」
「何かて何やねん」
 葉月達のいる森のかなり奥の山道。休憩がてら腰を下ろしていた紺色の髪の少年は隣に立つパートナーに尋ねる。だが、そのパートナーである少年の背中ほどの二足歩行のワニは苛立ったように吐き捨てる。
「いや、知らんけど……なんかおもろそうやんか」
「言ってる意味が分からへん」
 相変わらずへらへら笑うパートナーにワニはばっさりと言い放った。




 これは、ガルモンがシードラモンとの戦闘の最中にリガルモンへと進化したときと同時刻の話である。
「いやぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁん!」
「待て、コラァッ」
「潰してくれるわ」
 巧とリオモンは葉月達のいる森の少し奥、ごつごつとした岩場にて「黒いもや」に操られた二人のデジモンと生殺与奪を掛けた鬼ごっこをしていた。
「なぁ巧、俺達何で走ってんだっけ?」
「そりゃ……」
 と、ここで回想に入るようだ。時は彼らがシードラモンのフルスイングによって吹き飛ばされた後まで戻る。
「「うわあああっ……げぶふぁっ!」」
 ホームランボールのように高く飛び上がった巧とリオモンはそのまま葉月達の頭上を通り越して、この岩場に落下した。
「いってぇ……」
「一体どこまで飛ばされたんだ……?」
 巧とリオモンは痛みに顔を歪めながら立ち上がる。あれほどの一撃を受けたにも関わらず、彼らの体には目立った外傷はない。リオモンはともかく巧まで平然と立ち上がれるのは、身に降り懸かる不運をしのぐ日々の中で体が丈夫になったからなのか。
「――オイ、何だてめぇら……」
「空から降って来たな」
「んおっ? おぉ……」 声に振り向く巧達の目の前に現れたのは成熟期とおぼしき二人のデジモン。一人は岩石の甲羅を背負った亀のようなデジモンで、もう一人のデジモンは赤いティラノサウルスのようなデジモンだった。身の丈が何倍も違う彼らに見下ろされ、なんとなく萎縮してしまう。
「あ、ああ俺達は……」
 そう話し掛けた瞬間、ピリリリリ〜ッとD-トリガーの電子音が鳴り響く。それはさながら警鐘の如く。主に必死に知らせているように聞こえた。
「これは……リオモン、逃げるぞ」
「まさか……黒いもや?」
「「御明答」」
 告げられるは死刑宣告。見れば迫る二人のデジモンの瞳は赤く爛々と輝き、体の端々から「黒いもや」が漏れているではないか。
「「ぎゃあぁぁぁっ!!」」
 一難去ってまた一難。こうして件の鬼ごっこが始まり、彼らが必死に逃げた末に現在に至る。
「ま……一言で言うと運が悪かったから」
「そんなぁっ」
 苦笑する巧にリオモンは情けない声を上げる。この状況を運が悪かったの一言で片付けられてしまうのは、こいつらしいといえばこいつらしいが……まあ、納得はできない。
 だが、彼らにはそんなことを言っている余裕などなかった。
「ごちゃごちゃうるさいわ、シェルファランクス」
 岩石の甲羅を背負った亀こと、トータモンが背中の甲羅からその鋭利な岩石を飛ばしてきたのだ。それらは彼らを突き刺し、押し潰そうと容赦なく降り注ぐ。
「のわぁぁっ!」
「いやだぁっ!」
 死を前にした者の力は計り知れないのか。巧とリオモンは半泣きになりながらも、それらを何とか避けていく。
 だが、これでは体力と集中力を消耗するだけ。このままでは直に潰されてしまうのが目に見えている。
「くそっ、こうなったら、進化弾」
「リオモン進化ぁぁっ!」
 ならば反撃するまで。進化すればこちらは上空から有利に仕掛けられる。巧がD-トリガーから放つ弾丸を受けたリオモンの体は光り輝き、データの上書きにより成熟期に進化を――
「あぁぁ……あれっ、おかしいな」
 しなかった。光が収まっても現れたのは先程と同じリオモンの姿だった。
「ど、どうしたんだよ……」
「お……」
 戸惑う巧にリオモンは躊躇いがちに口を開く。実はまだ力を使いこなせていなかったというのか。それとも、彼の体に何か異変でも起こったのか。
「お腹が空いて力が出ないぃ〜」
「へ?」
 だが、リオモンが口にしたのはあまりにも情けなく、且つとても生物的な理由だった。
「――ファイヤーブレス」
「げえぇっ」
 そうこう言っている間にも巧達を追ってきたもう一人のデジモン、ティラノモンが深紅の炎を吐き出してくる。いちいち休んでいる暇などないようだ。
「もう、嫌だぁ」
「ちきしょおぉ……何か食べ物は……」
 泣き言を漏らす巧達は前方に転がりながら何とか避けて、消し炭にはならずに済んだ。
 だが、事態は一つも好転していない。腹が減って進化できなかったのならと、巧は走りながら自分の衣服のポケットから食べ物を必死に探す。
「何かねえのか、何か……何だこれ?」
 焦りながら取りだしたのは、水色の縁のゴーグルだった。初めて見るそれだったがなぜか自分が持っていても違和感がないように思えた。
「そんなの良いから食べ物!」
「分かってらあ! ……とりあえず、掛けとくか」
 リオモンの催促に苛立ちながら、巧は再び食べ物を探しはじめる。手に持つのは何だったので、ゴーグルはとりあえず額の位置に掛けておくことにした。
「くそっ、何か……あった! けど……」
「うわっ……」
 巧が顔を引き攣らせながらパーカーのポケットから取り出したのは、ぺしゃんこに潰れて袋いっぱいに具材が散らばった惣菜パンらしきものだった。刻まれている消費期限は半年前のものだ。袋を開ければ得も知れぬ異臭が鼻を突く。……なんでこんなものがパーカーのポケットに入っていたのかは、ゴーグル以上に不明だったが。
「くっ……さあ、食え」
「え、本気で言ってんのか?」
 顔を顰めながら惣菜パンを突きつける巧にリオモンは恐る恐る尋ねる。まさかとは思うが、食べたら確実に腹を下しそうな惣菜パンを食べろなどと本気で言っているのか。
「あぁ……食え」
「は……はは」
 だが、奴は本気だった。この半年前の惣菜パンを食べ、改めて進化して反撃する。実際のところこれしか手段がないのだから仕方ないとは分かっていた。……もう笑うしかなかった。滴が頬を伝っていたとしても。
「うぅ……ぐすっ……あれ、意外と美味え」
「おいおい」
 泣きながら咀嚼するリオモンだったが、思いの外味は悪くなかったようだ。渡した本人である巧ですらそれはどうかと思ったが、まずいあまりに盛大に嘔吐されるよりかはマシかもしれない。
 何はともあれ、準備は整った。今度こそ反撃開始だ。
「今度こそ……進化弾」
「リオモン進化」
 進化の力を秘めた弾丸を受けたリオモンの体は光り輝き今度こそ進化を――
「ヴルムモン」
 果たした! 姿を現すは紅き双翼を羽ばたかせて飛びあがる飛竜。その背に跨がるは、先程見つけたゴーグルを掛ける巧。
「意外としっくりくるな。……よし、今度こそ反撃開始だ!」
「おぉ!」
 巧の言葉に大きく頷き、ヴルムモンは大空へ舞い上がる。
「逃がすか、ファイヤーブレス」
 彼らをみすみす上空に逃してたまるかと、ティラノモンは飛び始めた彼らに向けて深紅の炎を吐き出した。
 しかし、ヴルムモンはあくまで余裕を持って体を翻し、炎に向き直る。その口から漏れるのは紅蓮の炎。
「誰が逃げるか、クリムゾンバースト」
 その炎を強烈な勢いで吐き出し相手の炎を押し返す。同じ成熟期といえど力が全て均一な訳ではない。威力の差を示すようにあっさりと飲み込んだ。
「ぐっ……」
「ふむ、なら今度はわしだ、シェルファランクス」
 悔しさに呻くティラノモンを一瞥し、トータモンは背中の甲羅から再び岩石を飛ばす。これなら炎をものともせず奴らを落とせるはずだ。
「なんの、バーニンググライド」
 だが、ヴルムモンは背から発現した炎を両翼に纏わせ、迫る岩石を全て叩き割る。トータモンに降り注ぐは砂礫と化した岩石だった。
「クッ……」
「今度はこっちからだ、技能弾、ペガスモン」
「ニードルレイン」
 待ちに待った反撃とばかりに巧はD-トリガーから一つの弾丸を撃ちだす。その弾丸は途中で割れ、中から大量の針のように細かい弾丸を地上の敵に向けて放った。広範囲に渡り豪雨の如く降り注ぐそれはまさに針の雨ニードルレイン
「グァ……」
「グハッ……」
 細やかな針の弾丸は岩石の鎧を潜りぬけて、トータモンの生身の体に無数の刺し傷を刻みつける。ティラノモンの体にも同様の刺し傷がより明瞭に刻まれていた。
「いくぞ、バーニンググライド」
 思わず膝をつくティラノモンに、ヴルムモンは間髪入れずに両翼の炎を再燃させてその首筋へとぶつける。
「ギャガハァッ……」
 首筋に痛烈な一撃を浴びたティラノモンは大きな音を立てて倒れ伏す。もう十分ダメージは与えた。先に苦しみから解放してやろう。
「お前から……浄化弾」
 D-トリガーから放つは清らかな光を放つ弾丸。それがティラノモンの体に撃ちこまれると、その体は神秘的な白い光に包まれていく。そして、次第にその体から「黒いもや」が抜け出て静かに消えていった。解放されて力が抜けたのか、光が消えた後もティラノモンは静かに呼吸をするだけだった。
「チィッ……こんのっ、シェルファランクス」
 一足先に浄化されたティラノモンを見たトータモンは不愉快だと言わんばかりに舌打ち。その後、上空の敵に向けて再び岩石を放つ。それも先程の倍近くの量だ。その身に背負う岩石はもう二桁もない。リスクは大きいが、これほど撃てば全てをしのげはしないはずだ。
「通用しない、技能弾、スナイモン」
「シャドウシックル」
 だが、巧とヴルムモンは落ち着いていた。巧がD-トリガーから撃ちだした弾丸を受けたヴルムモンに宿るは、この世界で一番最初に戦った蟷螂かまきりの力。彼が鎌を振るうように、その紅き翼を羽ばたかせる。一度羽ばたくごとに発生する音速の斬撃。その斬撃により、全ての岩石が縦二つに割られ彼らに届くことなく落ちていった。
「なん……だと!?」
 無残に落ちていく岩石をトータモンは呆然と見ていた。ほぼ最大の力で放った岩石全てが相手に届くことなく自分の周りに落ちている。その光景が信じられないあまり、トータモンは一歩も動けなくなっていた。
「喰らえっ、クリムゾンバースト」
 その姿は哀れにも見えたが、いちいち見逃す訳がない。ヴルムモンは羽ばたきでの斬撃を止め、出力を上げて紅蓮の炎を吐き出す。
「グワギャァァァァッ!」
 気づいた時にはもう遅い。トータモンを包む紅蓮の炎はその身を灼熱の地獄に送りこむ。
「ガハッ……」
 炎が収まりトータモンの煤けた体はゆっくりと地面に横たわる。息はあるがしばらくは立てないだろう。
「やり過ぎたか……悪かったな。浄化弾」
 気を失っているトータモンに謝り、巧は今回二発目の清らかな弾丸をトータモンに撃ち込んだ。すると、トータモンの体もティラノモンと同じように白く光を放つ。そして、「黒いもや」が逃げるようにその体から抜け出て、静かに消滅した。
 どうやらティラノモンに続き、トータモンの浄化にも成功したようだ。




「「湖の辺の洞窟?」」
 二人が同時に疑問符を浮かべたのは、先ほどの戦闘から十分ほど経った後だった。彼らと向かいあうのは、「黒いもや」から解放されたトータモンとティラノモンだ。その体には先ほどの戦闘の傷跡が残っていたが、デジモンの自然治癒力の高さか幾分かはマシになっていた。もっとも、すぐに動ける状態ではなかったが。
「あぁ、この岩場の奥にはちょっとした湖があるんだ。ある日、俺達を含むこの辺りのデジモンが、その湖の辺にある洞窟に何かとてつもない違和感を感じたんだ」
「それで、この湖に住んでたシードラモンが代表して様子を見ようと洞窟を覗き込んだのだ」
「シードラモンって、まさか……」
「とりあえず、話聞こうぜ」
 ティラノモンとトータモンの話を聞いていた二人は聞き覚えのある名前に嫌な予感がした。だが、いちいち止めるのも何なので一先ずは話を進めさせることにした。
「シードラモンが洞窟を覗いたその瞬間に、黒い霧みたいなのが吹き出してきてあいつを包みこんだんだ」
「そうしたらあいつは急に暴走し始め、漏れてきた黒い霧を浴びたわし達もあんなことに……スマンかった」
 二人のデジモンは目線を落としてそう話す。戦闘でのダメージは大きいが、自分の体を操られて永遠に暴走させられるよりマシだ。自分の意思と反して自分の体が暴れているのは耐えられない。
「嫌々謝られても……。にしても、やっぱりそうだったか」
「そのシードラモンって、あいつだよな……」
 頭に浮かぶのは自分達をここまで飛ばした海蛇。あの衝撃は忘れようにも忘れられない。
「知っておるのか?」「いやぁ、俺達そいつに吹っ飛ばされてここまで来たから……」
 トータモンの問いにリオモンははにかみながら答える。ギャグのような話だが事実なのでどうしようもない。
「そうだったのか……」
「ま、でも充達がいるからシードラモンも正気を取り戻してるだろうよ」
 尚も心配そうなトータモンに巧はそう言った。彼の心配を和らげようと言った言葉だが、別に口八丁ではない。心の底から充を信頼して言っているのだ。
「確かに、あいつらなら大丈夫だな」
 そして、その気持ちはリオモンも同じ。それぞれ別行動を取っているのは最低限信頼できるからだ。……まあ、自分達が充達と別れたのは不本意中の不本意だったが。




 
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