□プロローグ
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 それらはある設計書の元に作られた二種類の兵器だった。一つは機械という一つのカテゴリーの元に積み上げられた兵器。もう一つは多様な生物の特徴を抽出して継ぎ合わせた兵器。相反するコンセプトの元、いくつかの場所で作られた二種の兵器は互いに呼び合うように戦場で会い見え、互いを喰らいあった。それはさながらどこかの呪術のような様相を見せ、ただ一つの個体を残して他はすべて消えた。――残ったのは、機械の身体を持つ兵器でも、生物の身体の持つ兵器でもない。時空に干渉する程の力を持った黒色の殺戮兵器。
 そいつは破壊しか知らなかった。そうすることでしか、外界と干渉することができなかった。そうあるべきと作られたのだから当然のことだ。
 例え一つの身体に集約されようとも、どちらにも似つかない姿になろうとも、やることは変わらない。ただ、当初の設計通りに破壊を行った。その相手が自身の元々の製作者でも例外はなかった。彼らが望んだように振る舞うのだから、批判される謂れは無いとすら思っていた。
 だから、その歩みをたった四組の人間とデジモンのコンビに止められたことが理解できなかった。その身体を壊され、一筋の光も射さない暗闇に閉じ込められたことが許せなかった。――自分よりも小さな存在が、自分よりも多くの事を知っていることに耐えられなかった。
 その感情を暗い底で熟成すること早十年。その間に少しずつ力を蓄えて、少しずつ外界に干渉してきた。小さな英雄の居ない世界を今度こそ破壊するために。




 ざわざわと木の葉が揺れる。ぎしぎしと木の根が軋む。自分達の動きで森が悲鳴を上げていることに、二つの巨体はいちいち気を留めている余裕はなかった。
「ここまで来れば大丈夫だろうね〜」
「時間がありません。早く始めましょう」
 その風貌は緑の大型マシーンと獣の天使といったところか。二人がここまで必死に走ってきたのには理由がある。それは二人が抱える四つのタマゴ。獣の天使が彼の主から託された英雄の遺産。不意の襲撃の際、身を張って応戦する仲間を見捨ててでも、主の命令に殉じて持ち出した希望だ。
「これに私たちの力を注ぎ込むのです」
 その中に何があるかは知らされていない。主から教えられたのはそれが世界に侵食する脅威に対抗する力になること。しかし、その力は未だ目覚めていないこと。そして、それを目覚めさせるために自分達のエネルギーを起爆剤としなくてはいけないこと。
 静かに破滅を始める世界を守るためにすることはただ一つだけ。そのためにここまで逃げてきた。エネルギーを注ぐ間は応戦することは叶わないだろうから、隠れる場所を探していた。だが、もう限界だ。
「わかった〜」
 今考えることは追撃の手を想像することでも、新たな逃げ道を探すことでもない。一秒でも早くタマゴにエネルギーを注ぐ。ただそれだけに集中する。
「――いたぞ」
 追手の声が聞こえても振り向くこともしない。焦る気持ちを抑えて、少しでも効率よくエネルギーを注ぎ込む。それだけが今の二人に許された行為だ。
「急いでください」
「もう急いでるよ〜。そっちも頑張ってよ」
 じきに多種多様な攻撃が飛んでくる。彼らに対する怒りを沸かせる必要もそうする気も浮かばない。なぜなら彼らはただ操られているだけの存在だから。いずれも成長期や成熟期という自分達とは力量が違う存在だということもあるのだろう。今はただ攻撃に耐えながら、少しでもタマゴにエネルギーを注ぐ。
「くそ〜、ちょっとこの大群はきついよ〜」
 それから五分経った。敵は毎秒ごとに増え、攻撃は熾烈になっていく。単発の火力は低くともあまりに数が多すぎる。加えてこちらは反撃に割くエネルギーすら勿体なく、またエネルギーを注ぐことによって自分達の耐久力そのものも急降下する。身体の表面の傷も目に見えて増えていった。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと終わらせてなんとかしないと……。あ、しまった!」
 エネルギーを注ぐ度に薄くなる意識がダメージによって揺らされる。その不安定な意識が身体を支えられなくなっても、なんらおかしくない。事実として、獣の天使を狙った矢が彼の腕をすり抜けてタマゴの一つに当たり、それを遥か遠くへと弾き飛ばした。
「とりあえず、残り三つのデジタマだけでも守り切らないと〜」
 悔やんでいる余裕も今はない。残り三つも簡単に手放す訳にはいかない。一時エネルギーを注ぐのを中断し、二人は再度の闘争を図る。その足取りはこの森に入ったときよりも明らかに遅くなっていた。こちらの一歩であちらの十歩に相当する追手にも簡単に追いつかれてしまうほどに。
 それでもなんとか森を抜けることはできた。だが、その先にあるのは断崖絶壁。引き返しても突っ切るだけの戦闘力は残ってはいない。
「力をデジタマに注いでたから、戦える程力残ってないよ〜」
「というか、もう限界ですね……」
 三つのデジタマを分けて抱えながらゆっくりと後ずさる。しかし、半分意識が飛んだ状態ではまともに歩くこともできない。その結果として、二人揃って足を踏み外すのは必然。
「し、しまっ……」
「うっ、うわ〜っ……」
 幸いなのは残った三つのタマゴを抱えたままだったため、敵に奪われることがなかったことか。尤も、彼らは落下途中で意識を失ってしまったため、そんなことを知ることもなかったが。もう一つ、彼らが知ることが無かったことがある。それは彼らの姿が小さく、二人とも同じようなシルエットへとへと変わっていったこと。
 ――この世界に英雄が再来する三時間ほど前の出来事だ。
 



 
 

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