1859text-4 季節もの・お題
□右腕の憂鬱
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みんなで声を合わせて歌うハッピーバースディ。
ぶすっとへの字に口を結んだヒバリが、机の端、まさにお誕生席のその位置で、不機嫌そうに謝辞なんか述べている。
仏頂面のヒバリが実は、こういう全員集合的なイベントを好きだということは、もはや周知のところだった。
ったく、もう少し素直だったら人好きのする奴なのに、めんどくせえ奴だぜ。
苦笑しながら「てめー、今年いくつになったんだよ」って聞いたら、「僕はいつだって自分の好きな年だよ」なんてまたはぐらかされた。
リボーンさんにボンゴリアン・バースディを勧められなかったところを見ると偶数歳なんだろうか。変な奴。
短く切った黒髪に縁取られ、不意に切れ長な目元が笑うとぎくりとして目が離せなくなる。黒い瞳が艶めいている。
そんな顔、こんな場面では見たくなくて、オレはぷいと目を逸らした。
テレビ電話とか、時々訪ねる財団施設で二人の時、唐突に見せるきれいな笑顔がフラッシュバックする。
いつもはぎこちなく口の端しか笑わない、アルカイックスマイルのくせに。無駄にニヤニヤしてんじゃねえよ。
苛つきながら周囲を見渡すと、未成年のやつ以外は銘々、ハンバーグがメインのコースに合わせてワイングラスを傾けていた。
ヒバリも多分に漏れず、見る間にグラスを干していく。赤ワインとかあんなカパカパ空けちまって大丈夫なのかよ、あいつ。
前菜は和食の食材をフレンチ風にアレンジしたさっぱりめのものが幾つか。しかし買い付けた新鮮な食材を余らせないように、どれもさりげなく牛肉や豚肉を使ってある。
そして魚のメインと白ワインが出てきたところで、プレゼント交換会となった。祝われる方も相手によってお返しの品を用意するのが近年のパターンだった。
あいつにプレゼントだなんて気が遠くなりそうだ。
お返しは用意する側にもかなりの負担が強いられる。出席者全員にお返しを用意しておかないといけねえ。
とは言え、ランボがバースディの時なんか、駄菓子屋で大粒の飴を瓶ごと買ってきて、みんなに振る舞って喜ばれてたからな。プレゼントは何も、金とか金額なんかじゃねえんだ。……ヒバリのお返しは何なのか、ちょっと気になる。
そんな間にも下っ端からヒバリの前へ行ってプレゼントを渡してくるようにオレは順番を整えなきゃいけねえ。他人のプレゼントの中身とか、ヒバリの反応なんか気にしてる場合じゃねえんだけど。
どうしても気になってちらちら窺っちまう。我ながら案外、オレってこういう部分は女々しい気がする。
ちらりと横目で見たヒバリは返礼に握手を交わしていた。抜き打ちでバカ力に思いっきり手を握られた下っ端の奴は涙目だ。
◆◆
オレがよく使うアプリケーションの一つにデジタル付箋がある。付箋紙を模して大画面のモニター上に貼り付けられるようになっているそれは、手書きタブレットの入力に対応していて、用件によって文字の大きさとか、思うままに変えられるのが気に入ってて、もう随分昔から使ってた。
オレ愛用のパソコンのワイドモニター、その右上隅に主張する、うす紫色の付箋群。
最新の付箋はこれだ。
――ハンバーグの玉葱はシャキシャキが好き。
誰にも解読出来ない暗号で書いたそれらは、クリックして古い物をめくっていくと実は膨大なログがある。
一番最初の付箋にジャンプすれば、その日付は10年近く前。もちろん今使っているパソコンでもなく、数台前のデスクトップからパソコンを乗り換えるごとにわざわざ移植し、アプリケーションの更新ごとにログをインポートし続けてきた、他愛のないメモの山。
――コーヒーより緑茶が好き。
――寝起きは機嫌が悪いので注意。
――風紀委員会解散。風紀財団設立。
――海外の高級品よりメイドインジャパン。
最初のうちは本当に、ためらいがちに書いていたG文字で、初期の付箋は掠れそうな筆圧だ。図柄さえ更に可読性を低く保とうとして揺らいでいる。
誰にも知られないように書き留めた暗号。
あの気難し屋を手なずける方法をオレは10年も模索してきた。その軌跡がモニターの隅で、やたら大量の付箋として蓄積されている。
最近は随分円滑にコミュニケーション出来るようになったからもう要らねえな、なんて思ってるのに。
気がつけば手が勝手に書き留めちまってる。
その付箋を見返しながら、オレは今日のプレゼントを何にするか考えた。
ものすごい考えて、考えて選んだ小さなプレゼント。
◆◆
「ヒバリさん! お誕生日おめでとうございますっ!」
そこへ突然、乗り込んできたハルが走ってヒバリに近づくと、金色でバカでかく刺繍の入った黒の特攻服を半ば無理矢理着せかけた。
背中には「雲雀恭弥」と大きく名前が刺され、肩に掛けたきり腕を通さない袖には「愛羅武勇」なんて文字が入ってる。
「愛羅武勇」? 愛、羅、武勇……なんだそれ?
「ありがとう」
ヒバリは草壁を呼んだ。
草壁が押す台車に乗って来た段ボールを開けると、箱いっぱいに紫色の釣鐘草が詰まっているのが見える。
「好きなだけ持ってっていいよ」
「わあきれい! ありがとうございますヒバリさん!!」
「どういたしまして」
ちくちくと胃の裏側が痛んで苛つく。
ハルの「愛羅武勇」、その意味がイマイチよくわからねえのも苛つく。武勇は解る。だけど何なんだ? 何が、誰が誰を「愛」だなんて言うんだ?
でもってあいつは、女には握手じゃなくて、わざわざ花なんか用意してたんだ? ヒバリのくせに。
……垢抜けた真似、すんじゃねーか。
ポケットに突っ込んだ小さな箱。
それを手のひらで弄ぶうち、うっかり握り潰しちまった。
◆◆
「獄寺隼人、君からのプレゼントは何だい?」
結局自分がプレゼントを送る番になって、手ぶらでヒバリの前に立った。渋々顔を上げ、ヒバリの表情を盗み見る。ワインのせいなのか、目の縁がアイラインでも引いたみたいにすっかり真っ赤だ。だから飲み過ぎなんだよバカ。
「……いろいろ考えたけど、やっぱ贈んのやめようと思った」
「何で。一番楽しみにしてたのに」
「何だよ愛羅武勇って。んな恥ずかしい服、ずっと羽織ってんじゃねーよ」
「ああ、あの子は僕の気持ちを知ってるからね。花は草壁に調べて選んでもらった。花言葉は「感謝」だ」
「……」
「この刺繍の下に、今度新しい刺繍を入れようと思ってる」
「…………」
ヒバリが間合いを一歩詰め、オレに近づく。
「獄寺隼人。プレゼントが無いのなら、君ごと貰っていいかい?」
こいつ相手に引いたら負けだと思って、足を後ろに退けられないで居る。くちびるが触れそうな距離で吐息を感じた。
「何言ってやがる、アホが……」
「こないだ電話で「愛してる」って言われて嬉しかった」
「あれはその場の冗談だろ。空気読めバカ」
「冗談にしたくない」
「バカ。死ねバカ」
「早くプレゼントを出さないと、本気で貰うよ、そのくちびる」
「ふざけんなよ」
苛ついて、握り拳でヒバリの鳩尾を突いた。
グーに結んだ手のひらから四角かったくしゃくしゃの包みが力無く落ちる。歪んだ紙包みの間から、黒い箱が中身をぶち撒けた。なめらかな曲線を描くビロードの貼り箱、握り締めた時に蝶番がズレた不格好な台座から、銀色の輝きが床に硬い音を立てて零れ落ちた。
「指輪……?」
プラチナで出来た小さな環を拾い上げたヒバリは、無駄の無い動きで素早くそれを拾い上げ、迷わず自分の左の薬指にはめてしまった。
そのつもりで用意したはずなのに。
いざそうして身につけられると恥ずかしくて冗談じゃない。とても直視なんか出来ない。
「僕たちは運命で結ばれているか、とても気が合うんだと思うよ」
「ああ? 脳味噌が浸ってる水でも沸いたか」
有無を言わさずヒバリはオレの左手首を取って、薬指にリングを押し込んだ。
「僕のお返し」
きらりと濡れたように光る、蒲鉾型の滑らかなかたち。
「……」
「愛羅武勇の下には、「獄寺隼人」って入れるつもりだよ」
「バカじゃねえの。そんなクソ恥ずかしい服に勝手に人の名前入れたらぶっ飛ばす」
「だって愛してるから」
「……」
ああ、あああ、すみません10代目……。
今日はヒバリのバースディパーティなのに、こんな茶番劇に巻き込んで本当に申し訳ございません。
困るんです。オレだって好きでやってんじゃねーんです、だけど頬が緩むんです。畜生、ああもうどうすりゃいいんだ。
ワインがどきどきする血流に乗って、唐突に肝臓、いや全身を巡ってぐらぐらする。訳がわからないくらいに心臓が鳴っている。ダメだっつーのに、やめろって言ってんのに、ヒバリのくちびるがオレのくちびるに重なって甘い。
こいつやっぱりワイン飲み過ぎだと思う。つか前菜に合わせたワインが、ちょっと甘すぎたのかも知れねえ。誰かの口笛がひゅうっと鳴って、何だかよくわからない拍手に包まれる。
「獄寺くん、ハンバーグが出来たって」
「あ、ああ、はい!」
遠くで10代目のお声がするのにハッと我に返り、慌てて配膳の様子に注目した。
マディラソースのかかった大きなハンバーグがいい匂いをさせて、フルボディのワインが新たなグラスと共に用意される。
「オレからヒバリさんへのプレゼントは、夜景のきれいなホテル、一応ツイン仕様で取っておきましたから。お礼はオレの右腕を仕事に返してくれれば充分です。
とりあえずお楽しみは二人っきりの時でお願い出来ますか……」
「……!」
オレが一人で密かに悩み続けたプライベートは、案外みんなに筒抜けだったらしい。
◆終◆