1859text-1 きりりく・捧げ物再録集

□春らんまん
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「あなたの交際相手として本当は誰がふさわしいのか……教えてあげましょう」

 幻術を駆使して獄寺の身体から抵抗を奪うことくらい、骸にはたやすいことだった。
幻で出来たロープで獄寺の腕と脚を束縛し、獄寺のスラックスを下着ごと膝まで引き下ろした脚の間で、骸が含み笑う。

「よせ、てめーなに考えてやがる、骸っ……」

「……叫んだって誰も来ませんよ。「なにを考えている」、……あなたの事しか考えていませんが?
この部屋の内装は今だけ、分厚い防音壁で囲んでありますから、好きなだけ鳴いて構いませんよ」

 萎えきった獄寺の急所を撫で、そのまま裏筋を辿って、継ぎ目みたいな皮膚の起伏以外、なにも存在しない場所を、骸の指が執拗に愛撫する。

「……よせっつってんだろが……なにしやがる!」

「辛いのはほんの一瞬、すぐに良くしてあげます。ここに新しい器官を作るんですよ。僕の身体とすごく相性のいいかたちの、女性器を」

 クロームの失われた臓器を幻術でつくりあげ、死に瀕している身体の生命維持活動さえ、呼吸をするように簡単に行ってしまう骸。

有幻覚を操る卓抜した術士の骸にとって、獄寺の体内に女性器をつくりあげてしまうことんて、本当にたやすい。

「や……いやだ……!! ……ヒバリ……!」

 骸の指が往復するごとに、平坦で何も存在しなかっただった獄寺のそこがくちびるみたいなかたちを形成していく。つぷりと指を差し込まれ、堅く閉ざした処女の肉が拓かれる。

 膣に指を含まされるという、男としては屈辱すぎる感覚よりも、雲雀が抱くだろう憎悪の方が獄寺には恐ろしかった。

 雲雀が知ったら間違いなく骸を殺そうとするだろう。
骸だって雲雀の本気に応戦するはずだ。
そして幻術が嫌いな雲雀が、こうして骸によって作り替えられてしまった獄寺の身体を、今まで通りに愛するなど……想像出来ない。

 静かすぎる室内に濡れた音が響く。

 絶望的な気分で獄寺は目を閉じた。耳を塞ぎたいのに両手が括られていて何一つ抵抗できない。

「……ヒバリ……!」


◆◆


 毛嫌いしているからこそ敏感に判る、気配。

 これはそう……幻術が発動した時の空気のゆらぎだ。

 得体の知れない嫌な予感にアジトを見回りながら、雲雀は会議予定が入っていないにも関わらず、中から施錠されて開かない会議室を発見した。

 鍵を持たない雲雀が扉ごとドアノブをトンファーで吹っ飛ばし、部屋へ押し入ると、小会議室――長机とガス圧の回転椅子しかなかったはずのその部屋は、幻術によってまるで音楽室のような遮音壁に四方を囲まれたベッドルームになっていた。

 部屋の中央、いっそ悪趣味にしか見えないキングサイズの瀟洒なベッドに押し倒されているのは……スーツをぐしゃぐしゃにされ、すっかり顔色を失った獄寺だった。
覆い被さっていた骸が身を起こし、入り口に佇んだ雲雀を笑顔で振り返る。

「予想より来るのが速かったですね……。褒めてあげましょう。
でももう遅い。この身体はもう、僕のものですよ」

 獄寺の身体へ差し込んだままになっていた人差し指と中指で体内をかき混ぜ、元の獄寺には生産し得ない分泌物を掬って雲雀に見せつける。
透明な粘液が滴る自分の指先を骸は誇らしげにべろりとひと舐めした。

「内分泌系まで新しい内臓に合わせて作り替えてあげました。僕を殺すと、急に臓器がなくなって、この身体はバランスを失います。さあ、どうします?」

 瞳を怒らせた雲雀は静かだった。いっそ空恐ろしいほど静かな声音が響く。

「……それ以上、その子の身体に触らないで。出ていって」

「僕はあなた方が憎い。どうせどちらかを殺しても、結局僕の欲しい心は手に入らない、それなら――一生消えることのないキズをつけてやろうと思ったんですよ、クフフ」

 いつの間にか獄寺を戒めていたロープは跡形もなく消え失せていた。

「今日はこのまま退散してあげましょう。せいぜい悩むといいですよ」

 さらさらと骸の輪郭が室内の空気に溶け、会議室の景色があるべき姿を取り戻していく。
雲雀は獄寺の乱れた着衣を無言でただすと、両手でぎゅうと抱きしめた。

「遅くなってごめん。怖かったよね」

 雲雀の語彙にしてはあまりに聴きなれないことばの羅列が、女性ホルモンさえ活発に分泌させられている獄寺の脳を悲劇に浸す。

「ヒバリ、ヒバリ……っ」

 獄寺が顔を伏せた雲雀の黒いスーツの肩口が、生温く濡れた。


◆◆


 風紀財団のエリアに獄寺を運ぶと、雲雀は無言で風呂の用意をした。

 いつも自分勝手な勢いで何でも済ませてしまう雲雀が、やけにしおらしく「一緒に入ってもいい?」などと殊勝に訊いてきたりする。
なんだかその態度はひどく他人行儀に感じられて、獄寺は戸惑った。

 雲雀との喧嘩腰で無遠慮な遣り取り、それを獄寺は実際嫌っていなかった。

 だから獄寺は雲雀と付き合うことを決めたのだ。いつの時間も側に居たくて、不毛な言い争いみたいなシチュエーションですら本音では楽しんでいたし、雲雀だって小学生みたいな稚拙な愛情表現しか出来ないのを知っている。

 その距離感が、骸の幻術のせいで一気に変えられてしまった。

 獄寺の身体はもはや、獄寺が自覚出来るような自分の身体では無くなっていて、骸が姿を消しても消せない気配が下腹部に残っている。

「悪ぃ、一人で……入る」

 服を脱ぎ捨て、雲雀の目の前で浴室の扉を締め切った。
財団施設の外れにある、純和風の調度を模した浴室。
風呂場にはまるで独りのはずなのに、未だに骸の視線があるような錯覚に取り憑かれる。

 骸に犯されることはギリギリ免れたが、確かにそれは「消せないキズ」だ。

 簡単に強姦されるよりももっと複雑な意味で、獄寺は骸に侵されている。骸の所有物のひとつに成り下がってしまったも同然だった。
もう元には戻れない。まやかしの女の部分に人肌を感じた感覚と記憶は一生消えない。獄寺の翡翠色の瞳に水の膜が漲った。

 獄寺は浴室の硝子扉に力無く背を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。うつむけた獄寺の目元から雫が滴り、噛み殺しきれなかった嗚咽が漏れる。

「……獄寺、隼人」

 雲雀は獄寺の身体のライン、曇り硝子へぺたりと押しつけられた色の白い肩胛骨へ硝子越しにそっと手を触れ、少しの間思案した。

 そしてやがて着衣のすべてを脱ぎ捨てると、扉を勢いよく引き開けた。
急にスライドした扉に挟まれかかりながら獄寺は真っ赤になって怒鳴った。

「んな……! てめっ、オレはいま独りで入るっつっただろ!
人に意見訊いといても結局、意味ねえんじゃねーか!」

「うん。だって君の身体は、どこまでも僕のだからね。あいつにいじられたところ、見せてよ」

「断る!」

「断っても無駄だよ」

「ハイかYESで答えろっていうやつかよ……」

「何か言った?」

 獄寺は精一杯抗って見せながら、結局は無粋で優しい、雲雀の腕の下に組み敷かれる自分へ苦笑した。


◆◆


「ふうん……」

 白い腿へ桜の花びらみたいな薄紅の跡を散らすと獄寺の吐息が熱くなって、少し苦しそうに平らな胸を喘がせた。

「は……あっ……」

 血の色を桃色に透かした獄寺の陰茎を口に含み、舌先で起伏を辿って先端に吸いつき、舌先を鈴口にねじ込む。
雲雀が口元を離すと、獄寺の先端と雲雀の舌を、透明で淫らな粘液が糸を引いて繋いだ。

「こんなかたちになってるんだ、知らなかった」

雲雀の指先は件の部分を確かめるのに忙しい。

「お前……それ、まさか、この歳になって、オレの他に女抱いた事ねえとか、言い出すんじゃねーだろな……」

「そうだよ。悪い?」

 無遠慮な獄寺の質問に、雲雀は再び獄寺のそれを口に含んだ。歯を立てて応酬しながら、注意深く、青く固いつぼみをめくるようにそこへ指を含ませる。

 水っぽくぬかるむそこは正しく、そういう行為で使われる場所らしい振る舞いで、内壁を守ろうと盛んに機能していた。
獄寺自身を舌先で撫でるごとに柔らかく崩れるように愛液が溢れていくのを、雲雀は不思議そうな面持ちで見つめる。

「……やめろよ、んな……見んな……」

「どうなってくのか知りたい」

「やめろよ、本当に……見せもんじゃねえ、人の不幸な部分で遊ぶな」

「なんで。作ったのはあいつでも、幻術を解かない限りは君のカラダの一部でしょ?
……ここ、どこまでちゃんと機能するのか、実験してあげるよ」

「……っ」

 獄寺は浴室の床に脚を広げて座ったまま、羞恥に火照った顔をうつむけた。どこまでも真摯なまなざしが落とされた視線の先まで追いかけてきて、ひたむきに見つめてくる。

 真っ黒な瞳の中にいつもみたいな欲情の色は少なくて、それに救われたような、もどかしいような、複雑な気持ちを獄寺は抱いた。

「別に僕は」

 獄寺より少し平熱の高い手のひらが、心臓の真上にひたりと付けられる。

「君のこと、カラダで選んだわけじゃない」

 とくんと鼓動が跳ねた。

「君がどんな姿になったとしても、きっとずっと愛し続ける」

「……っ」

 ふわりと慎重にくちびるが重ねられ、まるで告白のことばを体現しようとするみたいに優しく啄んだ。

「男子だって、女子だって、両方だったとしても、僕は君から離れられない。この先の未来も――ずっと側に居るから。逃げても無駄だよ」

 だからこのカラダ、好きにさせてもらう――。


◆◆


「信じられません。普通、そういう状況で勃つとか無いと思いますよ。僕だったら絶対無理です。プライドが許しません」

 胡座を半分かいて片膝を立てた骸が、空になったコップをブルーシートの上に打ち付けながら言い捨てた。

「僕と君は違う。完璧主義そうな君はそう思うかも知れないけど、日本には「据え膳食わぬは男の恥」っていうことばがあるんだよね」

 朱塗りの杯に一升瓶から日本酒を注いで獄寺に渡し、雲雀は自分の分を草壁に注がせた。

「とりあえずいま、産婦人科に獄寺隼人を通わせてるから。幻術は十月十日が過ぎるまで続けて。この子のこと、流産なんかで悲しませたくないでしょ?」

「……!」

「極限に春の話題だな! まあ飲め!! コップが空いているぞ!」

「え、あ、京子ちゃんのお兄さんその瓶っ、テキーラ……!」

「僕は獄寺隼人を心から愛しているからね。別に内臓が二つ三つ増えたところで愛情が減るとかないよ。
男の子か女の子か……どっちでも、生まれてくるのが楽しみだ」

 コップでテキーラを一気飲みしてしまった骸がその日、泥酔してやたら周囲に絡みまくったのは致し方ない事かもしれなかった。


◆終わり◆
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