1859text-1 きりりく・捧げ物再録集

□禁弾の花園
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 獄寺が焦って逃げ込んだ先は応接室だった。

 ……ど、どうしよう……!!

 軽く走っただけで息が上がる。
やけにぶかぶかする男子の制服、シャツの袖を捲ると骨格ごと一回り以上細くなった、たおやかな白い手首が現れた。

 ――ファミリーから破門すっからな。

 リボーンのことばが耳から離れない。
せっかく手に入れた10代目の右腕のポジション、かけがえのない仲間。
それらを全て失い、また孤独なテロリストへ戻ることなど、獄寺には考えられない苦痛だった。

 そして目下の問題として。
こんな脆弱な身体のまま、人間爆撃機と呼ばれた己の技と力が発揮出来るのだろうか……?

 がちゃりとドアノブが鳴って扉が開き、獄寺は捲った袖をあわてて元に戻した。

「……獄寺隼人」

「……何だ、ヒバリかよ……」

 呼ばれた名前に返した声、それは出来る限り控えめにトーンと声量を落としていても、甘いウィスパーボイスにしか聴こえない。
みんなの前ではバレないようにデス声を装ったものの、そんな手が一体いつまで通用するものかも解らない。

 元の自分の声は一体どこに行ってしまったのか。
ほっそりとした首すじ、喉仏の消えた首もとを手で触れながら、獄寺は溜め息をついた。

「保健室で借りてきた。これ」

「……?!」

 雲雀から渡されたのは、女物の下着の上下だ。

「っな……なんでこんなもの保健室に!!」

「知らない、あの変な養護教員に聞いたら出てきた」

「ヒバリてめ、まさかシャマルの野郎にこの事バラしやがったのか?!」

 思わず雲雀の襟首を掴んで問い詰めた。

「違う。「女子の下着とか着替えある?」って聞いたら、「この暴れん坊主……いや、暴れん棒か?」って、苦笑されただけだよ」

 ついでにシャマルからは「カワイコちゃん泣かしたり、孕ましたりすんじゃねーぞ」とも雲雀は言われていたのだが。
いずれもくだらない誤解だったので、その辺りは敢えて伝えずに放っておくことにした。

「……どいつもこいつも、全くワケわかんねー事言いやがって……っていうかヒバリ! 何が暴れん棒だ!!
まさかいつもそんなこと言って、この部屋に女連れ込んでやがんのかてめーは!!」

「全く冗談じゃないね。
そんなことより、いくら上着が羽織れるシーズンだからってノーブラは無いんじゃないの?
何かの拍子に上着脱ぐことになったら……咬み殺すよ」

「……くっそ……っ」

「そういうスラングも似合わないから、しばらくやめておけばいいのに」

 身のない議論に、獄寺はブレザーを脱ぎ捨てた。
すっかりぶかぶかになった男子用のワイシャツの表面、胸の先がぷくりと尖っている。

「……大した大きさじゃねーな」

 ビアンキはあんなに豊満だというのに、何だか負けたみたいで悔しい。
そのまま何のためらいもなくワイシャツと下に重ねたTシャツを脱ぎ捨て、雲雀が寄越した黒いカップ付きのタンクトップを着る。

「…………な、なんだよ……」

「……別に」

 続いてサイズの合わないボトムを下着まで全部一気に脱ぎ落とし、やけにちいさなショーツに穿き変えた。

「……なんだこりゃ……穿き辛ぇな、オンナってのはみんなこんなもん穿いてんのか?」

 事もあろうに、それはTバックスタイルのショーツだった。
雲雀の視線が下着に集中し、なんだか痛い。

「おい、見せモンじゃねーぞ! 何アホ面下げてやがる!!」

「……だから……そういうことばは慎んだら?
その声で言われると萎える」

「っせえ……っ、ん」

 最後まで言わさず、雲雀は強引にその可憐なくちびるを塞いだ。
顔のパーツまで小振りになってしまった獄寺は、雲雀に食べられてしまいそうなくらい、どこをとっても小さく華奢すぎた。

 白魚のような手首をやんわりと捕らえ、雲雀は間近で獄寺の身体を見下ろす。

 細い肩、白い胸元――小ぶりだが、かたち良く整ってうっすらと翳りを帯びる胸の谷間。
クォーターの血のせいか、細身の割に起伏のメリハリはしっかりとしている。
薄手のインナーカップを押し上げて、うっすらと乳房の中央、吸いつきやすそうなサイズの突起が存在を主張している。
抱きしめたら砕けてしまいそうなウエスト、小さく高い位置に引き締まった腰。
まっすぐに伸びた脚のかたちがきれいなのは、男にしても女にしても獄寺特有の長所らしかった。

「…………」

「……離せよっ」

 獄寺が儚い力で抵抗するのを許し、雲雀はそのまま獄寺から顔を背けた。

「……早く制服、着たら」

「……!」



 獄寺は少なからず狼狽えた。
それは今まで雲雀と人目を忍んで交わってきた中、何度か思い巡らせたこと。

 雲雀、あるいは自分が異性に生まれてきたなら。
どれ程幸せだっただろう……と。

 現実、獄寺隼人という存在が女として目の前に居るというのに、この雲雀の無反応と来たら一体何なのだろう。
……それとも、奴は男にしか興味を持たない、真性の変態だったのか。

 獄寺はショックに少し後退った。

「着れないなら着せてあげる。ほら」

 ワイシャツと袖が絡んだTシャツを引き剥がして獄寺に被せ、続いてワイシャツに袖を通させてボタンを一番上まできっちり留めてやる。

 ボトムのベルトは一番小さな穴でも緩かったので、雲雀が金具の先でレザーを突き破り、穴を一つよけいに増やした。

「あー、もったいねえことしやがって……」

「君のズボンが脱げる事に比べたら、全然大したことじゃないね」

 ブレザーを着せ終わると、雲雀は自分の上着の左袖から腕章を取り外し、獄寺のブレザーの左袖に留め付けてしまった。

「げ……っ、てめ、何してやがる!!」

「虫よけ」

「っ、冗談じゃねえ……!!」

「本当は、薬指に指輪でもはめてあげたいところだけどね」

 雲雀は獄寺のしなやかな左手を傷つけないように注意深く掴み取り、まるで騎士が姫君に忠誠を誓うみたいにしてくちづけを落とした。

「……君の身体は必ず、僕が元に戻してあげる」

「な……っ、ヒバリお前、オレがこのままじゃ不服かよ……!!」

「別に。戻らないものなら僕が君の事を一生面倒みるから構わない。だけど、」

 そこで雲雀はことばを切り、獄寺の小さな顎を掬い取って花びらみたいなかたちをした、ふっくらと柔らかいくちびるをなぞった。

「女子の性感って、男の数倍なんだって?
このまま君を犯して、もし後で君が元通りの身体に戻った時……元の君と僕の身体に満足出来なくなるのは許せないな」

「は……」

 獄寺はすっかり呆気に取られて、二の句が継げないでいる。

「保健室の帰り、赤ん坊に呼び止められて聞いたよ。
だいたい、君は沢田綱吉の右腕で無くなって我慢ができるの?」

「……! てめー……カッコ付けやがって……」

 獄寺の身体は内分泌系まで間違いなく女子に成り代わっているらしく、小さな顔に元と変わらない大きな翠色の瞳が、涙に潤んで長い睫毛を濡らした。

「10年後の僕が世界の七不思議に詳しいのってさ……絶対、君のせいだと思うよ」

「う、るせえ……!」

 雲雀は獄寺の細身の女体を眺めながら、口許を綻ばせた。


◆終◆
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