1859text-1 きりりく・捧げ物再録集

□シュガーベイビー
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 ここ数年のうちに、意味不明にも雲雀と獄寺は「恋人」と呼ばれる状態に陥っている……らしい。

 しかも綱吉はじめ、ボンゴレ内ではどうしてか公認されている関係だ。
だがその実、二人の馴れ初めは誰にもわからない。

 獄寺本人さえ、一体どうしてそんな事になったのか、未だにさっぱり理解出来ないままだからだ。

 毎回デートの予定は獄寺には理解出来ないタイミングでいつの間にか取り付けられており、その時間のはじまりは獄寺だけが知らない。今日だってそうだ。

 ――コイツは、財団の仕事に必要な資料を取りにくる、ついでに最近ボンゴレの縄張りで起こった抗争の詳細を茶でも飲みながら聞かせろっつって……。

(エロい事しに来るなんざ、ひとことも聞いてねえ……!)

「……」

 10年の間、あまりに忙しくて、女を構う暇なんてこれっぽっちもなかった。

 だから獄寺には世間で言う恋人の定義、それと雲雀の間柄がはっきりと鑑別出来ないでいる。

 この、まるで押し掛け彼女、いや彼氏の状態は……いくらなんでもこんなの恋人とは言わないと思う。
それを主張して獄寺は何度も否定しているのに、知り合いは皆、口を揃えて言うのだ。

 ――ヒバリさん? 獄寺くんの恋人でしょ。もー、また何かケンカしたの? 仲良くしてよ。

 獄寺の恋人は風紀財団長様だからなー、下っ端が怒らせるような真似すると、荒れておっかねえんだぜ。

 獄寺氏にちょっかい出したって……オレ何もしてないのに、こないだ彼氏に咬み殺されました……。

 想い合う恋人が居ると言うことは、極限良いことだな!

 そのうち、貴方を奪って差しあげますよ。あの嫉妬深い恋人から。

 ……オレの気持ちはまるで無視かよ――!!

 だから違うって言ってんだろ、と反論するたび「いいからいいから、照れなくて」とか、ワケのわからない流れに流され、そして最後は身体ごと流されて、雲雀の隣で朝を迎えることもしばしばある。こんな恋人があって良いもんか。

 そしてそんな曖昧な状況で律儀に感じる自分の身体も勘弁ならない。

 実は酸いも甘いも知り尽くした夜の帝王の顔を持っていて、雲雀は箸先で豆でも転がすみたいに獄寺を弄んでいるんじゃないか。
そんな疑いを抱いたほど、雲雀は毎回、考えつかないくらいの絶頂へ獄寺を追い詰めていく。

 ――恭さんに限ってそれは、絶対ありえません。
四六時中、頭にあるのは並盛、ボンゴレが関わる地域の風紀と、獄寺さんしか見えてないんですよ。
この10年、そんな暇があったようには思えませんが――。

 うっかりくだらない相談をしてしまった際の草壁のことばを思い出し、また理由も無く、いや羞恥で身体が熱くなった。


(そっ……そーゆーの苦手なんだよ……! この野郎、ヒバリのくせに掴みどころの無ぇピンク色の空気醸しやがって……っ!!)

 獄寺が黙りこくったのを良いことに、雲雀は背中で獄寺の肌を剥き出し始めた。もがく両手はベッドの上から簡単に押さえつけられ、強ばりから解かれた筋肉を気ままに辿られる。

「……あ……っ!」

 その上なんだか身体がおかしい。調子が狂う。

(――何で……っ)

 雲雀がマッサージし終わった部分、そこを触れられる感覚が気味悪いくらいに神経をざわつかせる。
刺激にならない程度の接触にさえ不自由な身を捩らされるほどの快感がある。ぞくぞくと這い上る感覚が堪らない。

「や……っ、あ……!」

 ふ、と耳元で雲雀の笑む気配がする。
その吐息すら熱っぽい芯を震わせた。

「身体、やっと解れてきた?」

「良くねえ! あ……っ、やめろ、そこ……触んな、あ、あ……! いいから! もう、その辺揉まなくていい……っ!」

 腰骨の付近を触れていた雲雀の指先が、脇腹から滑り込み、獄寺の欲情を捕らえて離さない。着衣の隙間を縫って侵入する方法を心得た、迷いのない仕種が獄寺を困惑させる。

「固くなったよ」

「ふ……っ、ざけんな……! 誰のせいだ!!」

「僕のせいなら……嬉しいね」

 聞きなれない形容詞、雲雀の口から発せられたとは思えないことばが思惟を埋め尽くし、視界がブレそうなほど酷い不整脈に襲われた。

 そんな獄寺の背中を身動きが取れないほど抱き締めて、雲雀が耳朶にくちづける。

 身体が、熱い。 

「やだ……! ヒバリ……!」

 接触する肌、その感覚の認識がスイッチでも切り替わったみたいに突然覆されていく。旧知の仕事仲間のねぎらいから、暫定、……恋人の触れあいへ。

「あ……!」

「素直じゃないところも好きだけど。……君のことなら何もかも全部、」

 愛してる。

 僕よりも君のことを愛せる奴なんか、存在しない。させない――。

「……っ」

 黙っていればストイックな印象しか与えない、雲雀のくちびるに囁かれて、耳の縁まで火照るように熱い。
日頃はむしろ青褪めるほど白い獄寺の肌が、鼓動と共にみるみる薔薇色に染まっていく。

 艶やかな黒髪と仕立ての良い黒いスーツ、視界を塗り潰す闇が外界の全てを遮断する。
獄寺の意識と理性までも日常から切り離し、ベッドの上、仰いだ天蓋の下を異空間へ変えた。

「ヒバリ……っ」

「愛してるよ、獄寺……隼人」
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