1859text-4 季節もの・お題

□Melty Kiss
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昼休みの屋上、見かねた綱吉が疑問を口にした。

「……獄寺くん、あのさ……どうしたの?」

そわそわとコッペパンを頬張っていたのを中断し、獄寺はびっくりして綱吉を振り向いた。
半ばうわの空でかじっていた、ミルクパンの粉とジャムになった苺のかけらが、急いで詰め込みすぎてふくらんだ頬に散っているのをはたき落とす。

「……え? オレ、どうかしてますか、10代目」

「どうかって言うかさ……」

綱吉が迷惑そうに、眉を顰めて獄寺を流し見、返答を仰ぐように山本へ目線を遣る。脇で牛乳パックのストローを噛んでいた山本も、珍しく機嫌の悪い顔だ。
獄寺をちらりと一瞥し、面白く無さそうに目を伏せながら、残り少ない牛乳を啜る。

「あれだなー、かわいさ余って憎さ百倍、ってヤツ?」

「は?」

白い頬が、謂われのないことばに対する怒りで紅潮した。

それにしても、獄寺の翡翠のような瞳はどこか夢見るようにうっすら潤んでいて、近くに寄ればいつもと違う、何か熱っぽい雰囲気を孕んでいる。
側に居ると伝わってくる、何かに興奮を抑えられないような体温。
そして心はここに在らず、と言った風情の落ち着きの無さ。

そして時々物思いに耽ってしまう。朝からずっとこの調子だ。
余計な事まで見て取ってしまった綱吉は苛立った。

今日が何の日かくらい、判っている。

獄寺の落ちつかなさはそこに由来するのかも知れなかった。
きっと誰かがくれたチョコレートに、本気のお返しをするつもりに違いない。

「……オレもあげとけばよかったな……」

小さい声で呟き、獄寺の想う相手に綱吉は少し嫉妬した。


◆◆◆Melty Kiss◆◆◆


放課後の教室を見回って、雲雀が応接室前まで戻ってくると、ドアが薄く開いている事に気がついた。
草壁はそういうことを絶対しない。
雲雀がいい加減な閉め方を嫌うと知っているからだ。

そのまま静かに扉を引くと、ソファーの向こう側、銀色の頭が佇んでいるのがちらりと見えた。

「……この辺でいいか」

ポケットをゴソゴソして、何かをローテーブルの真ん中にことんと置いている。
またポケットをゴソゴソした。
獄寺が自分の捜し物に夢中な隙に、雲雀はそっと応接室の中へ踏み込んだ。

小さい銀色のちょうちょ結びになったリボン、どうやらシールになっているらしいそれを手に、置いた包みのどこに付けるか格闘している。

そして屈めた腰を伸ばしてちょっと机から離れ、整ったおとがいに長い指を当て、包みの置いた感じとリボンの位置がキマっているか、再確認。
しばしの間。

「……よし!」

両手をグーに結んでガッツポーズ。

獄寺の表情は、何故か堪らない甘さで破顔していた。
瞬間、入り口の近くから一連の動作を眺めていた雲雀の脈が、大きく乱される。
彼の全開の表情、それはまるで、明かりの無い部屋に照明を灯したみたいだ。

屈託の無い笑み。
それは日頃から、彼の周囲の者を魅了して止まないらしい。
しかしどうしてそれがこんな、人の知らない場所で咲くのだろう。

喉が干上がったみたいに渇いている。
雲雀は努めて無遠慮に発声した。

「何、してんの」

「え? あ?! な……?!
っ、何でもねーよ!! こっち来んじゃねえ!」

「…………」

雲雀は獄寺のことばをきれいに無視して、ソファーの前へ移動し、じろりと獄寺を睨め回した。
銀髪の生え際まで真っ赤になった顔が目の前にある。

「ああ、それでタコヘッドなの?」

ボクシング部の部長が、いつのことだったか獄寺と怒鳴りあっていたのを聞いた気がする。

「ゆでダコみたいだ」

薄いくちびるを歪め、雲雀が切れ長の眼差しをふと和ませた。
好奇心で、赤い額に指が伸びる。

「っ、うるせえ! ほっとけ……!!」

びくっと身体を竦ませて引きながら、獄寺が雲雀の指をぎこちなく払う。
雲雀はそのまま低い位置にあるテーブルをちらりと見下ろし、包みを凝視した。

「何あれ」

「…………、知るかっ!! 邪魔したな!!」

慌てたようにテーブルの脇をすり抜け、一瞬だけ振り向いた彼とかち合う、視線。

異国の海みたいな、濡れたエメラルド。
それを彩る熱っぽい充血の赤。

日本人には鮮明すぎる色彩を雲雀の黒い目に灼き付けて、鈍く輝く銀色の髪が翻る。

そしてドアのダンパーが壊れそうな勢いで、応接室の扉が閉められた。
遠ざかっていく足音はきっといい速度の駆け足だ。
今ここから追い掛けるのは容易じゃない。

雲雀は、無意識のうちに詰めていた息を細長く吐き出した。

身体の端々が妙に緊張していた。
誰かと闘う時ですら、そんな事なんて無かったのに。

ローテーブルに置き去りの、キャラメル包みにされた小さく黒いラッピングを改めて見た。
左上の隅っこにちょこんと銀色のリボンが載っている。
包装を開けてみると、中にはトリュフが4つ収まっていた。

これを? あの子が?
……ここに置いていった、っていう事は。

僕に……?

壁の端に掛けられたカレンダーは、2月を飾っている。
日付は14日、風紀取り締まりも一苦労だったバレンタインデー。

ぽいと摘んだ丸っこいチョコレートは、雲雀の舌の上で、ひたすら甘く溶けていった。
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