1859text-4 季節もの・お題

□Merry Christmas to you.
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 やり場のない怒り。

 ワイシャツに学ランを羽織った雲雀がおよそ似つかわしくない、キラキラと輝くクリスマス飾りに彩られたケーキ屋から出てくると、途端に目に入ったのは衝撃の光景だった。

 頭の中が一瞬真っ白になった雲雀の背後で、ケーキ店の自動ドアが無粋な音を立てながら閉じる。

 ケーキ店の目の前のガードレールに寄せて堂々と停めたバイク。

 店に入るまでは確かにあったそのサイドミラー、それが何故か右だけがなくなっている。

 近寄って確かめると、それはどうやらミラーを支える支柱の中ほどからもぎ取ったように無くなっていて、はっと進行方向を振り向けば、数10メートル先の路上にその名残と思われる残骸が点々と散っていた。

 ――当て逃げ?

 通りには時折、お歳暮や納期に追われた物流のトラックがちらほらと見え、路肩へ障害物のように大きな車体を駐車していたり、周囲を歩く歩行者を散らすように、危なっかしい急発進をしていく様子が目に留まった。
もしかしたら気が付かずに寄せすぎた貨物が、うっかりバイクのミラーに触れて、吹っ飛ばしてしまったのかもしれない。

 雲雀は身体中が怒りに滾っていくのを感じた。

 そんな下手な運転で道路を走るなんて最低だ。
 
 咬み殺す、しかしこんな卑怯な手口ではそれすら出来ない。
ムカついた雲雀は、つい滑り出たトンファーをぐっと握り締めて立ち尽くした。

 犯行なんだか過失行為なんだかわからない、その暴挙が自力で追跡可能な範囲で行われなかったのは、ある意味幸いだったかもしれない。
師走に急ぐ往来、車も歩行者も二輪車も、みな忙しなく行き交っている。
そんな場所で犯人を咬み殺したら、後始末が面倒になるし、それよりこの付き合いの長い二輪車も汚い血で台無しになったかも知れなかった。

 雲雀が寄っていたのは、イートインコーナーのある、個人経営の店にしては割と広いスペースを有するケーキ店だ。

 店内はかき入れ時の繁忙さと、順を待つ客、飲食する客のざわめきでやかましかった。
その上急募のアルバイトなのか、もたもたしてやけに手際の悪い応対の店員に苛立って、睨みつけながら――それでも雲雀にしては珍しく、群衆の中でおとなしく――待っていた為、外で起こっていたごくごく小さな接触事故に気が付かなかったのだ。

 いや、気分のせいもあったかも知れない。

 確かに周りの群れる人間に近い少し浮かれた気分で、ケーキの予約をする順番を待っていたのだ。

 女子が美味しいと評判する噂のケーキ店。
クリスマス限定の、薄く削ったチョコレートと粉砂糖が甘ったるく降り積もる、樹木のかたちをしたケーキがそんなに食べたかったのかと言うと、全然違う。

 店のウィンドウを彩る大きなポスターが、店の面する通りを走っていた雲雀の目に飛び込んだ瞬間、何故か脳裏を、ケーキや糖類の甘さとは比べ物にならない甘くほころびる笑顔が占領したのだ。

 獄寺隼人と、ケーキと、笑顔。

 かくして、バイクを走らせてまっすぐ自宅へ帰る途中だった雲雀は、どうしてか衝動的にクリスマスケーキなんかを予約する羽目に陥ってしまったのだった。

 待ち時間にピンク色の発泡するアルコール飲料まで買うつもりになっていた雲雀は、そんな自分自身の甘さに呆然としながら、右の視界を失ったバイク、そのキーを捻ってエンジンを噴かす。
やたらに右後方を振り向きながらの無様な運転になってしまうが、日が落ちるまではまだ普通に走れそうだ。

 ……やっぱりいつもの自分らしく、目の前に群れている人間は誰であれ全員咬み殺して、さっさと用事を済ませてしまえばよかった。

 そして今度からバイクには小さな監視カメラとGPSをつけて、何か異変があったら携帯電話にでも着信するようにしておこう。
悔しさと怒りに奥歯を咬み締めながら、雲雀は一際大きな音でエンジンを唸らせて、馴染みのバイクショップへ向かった。
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