1859text-4 季節もの・お題

□愁嘆場
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◆愁嘆場◆


「なあ、一生のお願いだって言ってるだろ!」
「はいはい」
「一回でいいから……なあってば!」
「お子ちゃまの遊びには付き合ってられねーって、言ってんだろが」
「誕生日なんだぞ! オレの!」
「うっせーガキだな、いい加減にしろっての」

 白いカーテンが初秋の風に揺れる保健室。その窓の中では二人きり、保健医と獄寺隼人が揉めていた。

「男がつべこべ言うんじゃねー! 抱け!」
「バカ言ってんじゃねー! 抱けるか!」

 白いワイシャツの胸をはだけた獄寺隼人が食ってかかる。ネクタイは解けたまま床に落ちている。
 ああこれは、風紀を乱しているから指導の必要があるなと考えながらも、いわゆる「修羅場」……否、「愁嘆場」というやつではないかと思われて、うっかり興味本位で成り行きを静観してしまったのがまずかったと、珍しく後悔なんかしている。

「オレは可愛い子ちゃん専門だ、って何度言ったら解るんだよ!」
「なんでオレじゃダメなんだよ! オレだって好きでお前のこと追いかけ回してるわけじゃねえ!」

 翡翠色の瞳がじわりと潤み、興奮のあまり目元に朱を刷いた。色素の薄い、白い胸板まで紅潮して、シャツの陰で薄桃色に色づいて尖った突起に視線が釘付けになる。

「お前じゃねーとどーしてもダメなんだよ! オレだって、どうしていいかわかんねーんだよ! 判れ!」
「……知るか」

 獄寺からふいと視線を逸らしながら、保健医――シャマルが溜め息をついた。

「どうしてこんな、素行不良少年に育っちまったかねー……」
「てめえのせいだろ!」

 彫りの深い目元から眉間を思いきり顰め、獄寺が叫んだ。

「あのな隼人。それは思春期特有の気の迷いと、姉ちゃんへの反抗の一種だ。もしこのままオレが流されたら、タバコより苦ぇ青春の一ページが、お前の人生にもれなく追記されるんだ。だからオレはお前を構わない」
「んなの……勝手すぎるだろ……っ! じゃあ何でオレの、身体とか、中途半端に触ったんだよ……っ」

 はー、とシャマルは手のひらで額を覆い、深々と嘆息した。

「いや、それはだなー、時効にしてくれよ……過ちとしか言いようがねえよ……お前、だってあの時パンツの洗い方すらロクに解んねえガキだったろーが! ったく男親がちゃんとした知識を入れる前に家出なんかすっからもう……」

「オレは! シャマルに触られて! それが夢に出てきて夢精までしたんだっつの! 責任取れよ!」

 赤裸々な発言の数々に、思わず要らない出歯亀をしてしまったと気がついた頃には、既に容易にその場から立ち去れない状況が雲雀にも訪れていた。

「責任ったってなあ……ああ、溜まってんならもう、しょうがねえから抜いてやる。それ以上は絶対にしねえからな、ご理解頂けましたか? 隼人坊ちゃま」
「……」

 うつむいた銀髪の合間から、真っ赤になった顔が小さく頷くと、獄寺は裾を出しっぱなしのシャツの下でベルトのバックルを外した。
 ばさりとボトムとインナーが床に脱ぎ落とされ、そこから上履きごと足を抜き、脱衣を踏み越えて、獄寺が丸椅子に腰掛けたシャマルの前へと歩み出る。
 際どい位置はシャツの裾に隠れて見えない。かたち良く伸びた脚、白桃の果実みたいな白さの素肌とソックスのコントラストが倒錯的過ぎて、めまいさえ覚える。
 獄寺は無言で手を伸ばし、シャマルの白衣の端をぎゅっと握りしめた。

 
◆◆


「……ぁ、はぁ……っ、う、ぁあんっ……」

 糊のきいたシーツに散った銀髪が、獄寺が悶える度に微かな音を立てる。

「っあ、あ……っ、気持ち、い……っ」

 大きく開脚させた白い太腿の合間に身体を押し込んで、屹立した互いのそれを擦り付ける。

「っ、んっ、や……っあ……っ、も、挿れろよ、頼むから……っ」

 無言のままで首を横に振り、腰をスライドさせるスピードを上げていく。

「あ、ぁあ、ゃ、ああ、っだ、め……っ、も、出ちゃうから……っ」
「……早過ぎの「ハヤト」、か」
「も……、っと……っ、してたい……っ」

 涙目になって懇願する獄寺の表情があまりにも扇状的すぎて、くらくらする。
 甘く掠れた声でお願いされると、思わず余計なことまでしたくなる。シャツの脱げかけた肩口にくちづけて、甘噛みした。

「っぁん……っ、や、あ、ぁあ……! も、だめ……っ、や……!」

 首を振って逃れようとする獄寺の首筋をくちびるで辿って追いかけ、耳朶に歯を立てた。

「っあ、っあ、ぁああ……! っく……!」
 獄寺が達する気配を感じ、素早く腕を突いて身体を離した。反り返った薄紅色の亀頭が震え、鈴口から白濁が断続的に白い腹筋に吐き出される様子を思う様観察する。

「っ、っん……」

 エロい、と思う。
 男女構わず虜にするような色香を持ちながら、頑なにただ一人を思い詰める、思春期の少年の身体。
 誰も触れてはならない、可憐に閉ざした花の蕾のようなそれに、素手で触った人間がいる。
 その事実に、抑えきれない怒りと衝動を感じながら、雲雀は息を整えようと喘ぎ続ける獄寺の顔めがけて、精を放った。


 真夜中に強烈な恥辱を感じて目覚めると、雲雀は掛け布を跳ね上げて寝床を抜け出した。

「……夢精だって……?」

 元から淡泊な方だった。だからこういう目覚めは滅多に無いし、不快以外の何物でも無い。
 どう考えても、日中に保健室の窓から見てしまった獄寺隼人の痴態が悪いと思う。あの後はさすがに見ていられなくて窓辺を立ち去ったが、自分が保健医に成り代わって獄寺を抱く夢を見るなど、冗談じゃない。
 そもそも獄寺がいい加減な保健医と特別な仲にあると言うのさえ許し難い。風紀を乱している。

「責任、取ってもらおうじゃないか……獄寺、隼人」

 窓を開けると滑り込んできた清冽な空気と月明かりに照らされて、小さく紡ぎ出したそのことばは一際、背徳的に感じられた。


◆終◆

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