1859text-4 季節もの・お題
□プレゼント・オブ・オレ
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◆プレゼント・オブ・オレ◆
日本への引っ越し当時に近所のホームセンターから格安で手に入れた、現品特価の丈夫なベッド。それもシングルサイズでは、乗っかった二人分の重みに耐えかねて、木製フレームの軋む音がした。
もう何度この瞬間を思い描いたか解らなくなりながら、他人にマウントポジションを取られる事はどうしても、本能的に抵抗を感じてしまう。
思わず寄った眉間を見咎めて、雲雀がくちびるを尖らせた。
「なんでそんな顔するの」
「……別に、……い、嫌なわけじゃねーよ……」
低血圧傾向の獄寺よりも温かい身体。
雲雀は制服のシャツの襟を胸まで開け、袖を捲った腕を獄寺の頭の両脇に突いている。肘を曲げて顔をぐっと獄寺に近づけ、雲雀は不服そうに問いただした。
「本当に?」
「本当だっつーの! 信じろよ……!」
力一杯否定する頬が熱くなる。
切れ長の雲雀の双眸が鋭く睨みつけ、至近距離の黒瞳に獄寺の顔が小さく丸く映り込む。早鐘を打つ胸が苦しい。思わず顔を横向けると、雲雀の腕から手首が目に入った。
きっと雲雀の母親あたりが骨の細い遺伝子を持っているのだろう。獄寺と同じように骨格は華奢な方なのに、無駄のない筋肉を配して不要な部分は削ぎ落とされた、洗練された男の腕をしていることに羨望と憧憬、そしてこの両腕に囲い込まれている現実にどうしようもない鼓動の高鳴りを感じた。
誕生日プレゼントは何が良いか、獄寺は今年も雲雀に一応訊いたのだが、答えは去年と一緒だった。思い返しては身体が疼いて、まだ何もされていないのにどうしようもなく昂っていく。
「君が欲しい」
「……っ」
顔を更に近づけられて、敏感な耳元に低音が囁かれる。
背筋から腰骨に向かって衝撃的な感覚が奔った。急激に血液が身体の一点を目指して集まり、眩暈さえしそうになる。
身体の反応を裏切って、反射的に出そうになる悪態を懸命に呑み下す。今回だけは、馬鹿野郎とかふざけんなやめろとか、どんなことがあっても言わない約束になっている。その理由は今日が雲雀の誕生日で、獄寺は雲雀に望まれたプレゼントだからだ。
しかしそもそも、獄寺と雲雀は特別な関係ではない。
きっかけは去年の雲雀の誕生日だった。ふとした拍子に雲雀の誕生日を知り、春先の天気の良い日、学校の屋上で昼寝をするタイミングがよく被ったために獄寺は雲雀と時々世間話をするようになっていた。
そしてなんとなく訊いたのだ。
「リボーンさんがボンゴリアンバースデーの話をしてたんだけどよ、お前そろそろ誕生日じゃねえ? いくつになるんだ?」
「誕生日プレゼントくれるなら、教えてあげてもいい」
「おう。……あ、高ぇモンはだめだぞ、オレそんなに金持ってねーから。予算は500円までな」
「別に、現金価値の高いものなら自分で買うし、そんなつまらないもの……いらない」
「……」
やっぱり雲雀は感じの悪い奴だな、と獄寺が眉を顰めた瞬間、雲雀はおそるべき言葉を口にした。
「君が欲しい」
「?!」
射抜くような強さを持つ視線に貫かれ、獄寺の思考は停止した。
その隙を見逃さず、雲雀は獄寺の身体をコンクリートの上に組み敷き、あっと言う間に着崩した制服とアンダーを剥ぎ取って、ほとんど強引に奪った。
驚くべきことは他にもあった。
もちろん死ぬ気で抵抗したものの、腕力ではやはり敵わず強姦された獄寺だった。けれど受けたのはダメージだけではなかった。半ばから獄寺は、雲雀の手管から紛れもない快感を享受していたのだった。
雲雀のテクニックなんて力任せで上手い訳がない、と最中に怒りくるいながら考えた。しかしどういうわけか結局は息が切れるほど喘がされ、獄寺の身体は完全に陥落してしまった。後々冷静になって考えると、これはもう器質的な原因で、獄寺と雲雀の身体つきの相性がベストマッチだったとしか考えられない。
レイプ後、雲雀は嘯いた。
「なんかやめろとか、嫌だとか、死ねとか、うるさくてプレゼントもらった気がしない。やっぱり歳は教えない」
「はあ?!」
犯られ損かよ?! と憤ると、雲雀は汚れた獄寺の身体の後片づけをし、元通り服を着せ掛けてから立ち上がって言った。
「まあ、一応礼を言っておくよ。うるさい以外は良かった。ありがとう」
「……!!」
あまりの衝撃にことばが出ない。
じゃあね、と背を向けて去っていく雲雀を立たなくなった腰で見送るしかなく、獄寺は呆然と屋上に取り残された。
嬌態を曝した恥をどのように誤魔化せば良いのか、またまるで辻斬りのように襲ってきた雲雀にどう報復をすればいいのか、あるいは今後、雲雀に所有物のように扱われたらどう防衛したものか、バツの悪さと怒りと不安が渦巻くその翌日は、雲ひとつない晴れの日だった。
露骨に避けるのも負けたような気がしてならず、意を決して屋上に昼寝をしに行くと、そこにはいつもと何ら変わらない雲雀の姿があった。
本当に何も変わらなかった。
仕方なく、獄寺は全てを無かったことにし、何もなかったように振る舞うことにした。
しかしそれから1年、綱吉の後を追いかけながら、毎日雲雀への誕生日プレゼントとして強奪された自分自身の身体について、獄寺が考えない日はなかった。
風紀取り締まりと称してアクセサリーを没収される度、首に重ね付けしたペンダントのチェーンを外す、あるいは手首に巻き付けたブレスレットを外す際、僅かに肌へ触れる雲雀の指先と熱を意識し、夜は雲雀を相手にした淫夢にうなされ、あまつさえ自慰の最後は雲雀の視線を思い出すようになってしまった。
どうしたらいいのか判らないくらい、雲雀に欲情した。
ただの性欲の捌け口なのか、恋なのか、そんなことは解らない。
ただいつも変わらない風紀委員長のヒバリに再び襲われることだけは無く、懊悩と焦がれるような渇望だけが募っていった。
まさか口が裂けても言えないが、獄寺の心も身体も、雲雀を欲して飢えていた。
屋上で逢う度、それを押し殺して何気ない世間話を交わしていた。
そして訪れた5月。
連休谷間の平日に意を決して、獄寺は雲雀に誕生日プレゼントを訊ねることに成功した。
答えは去年と一緒だった。
今年も獄寺が欲しいと言われた。ただし、罵詈雑言を除く。そう聞いた。
こうして今に至る。
「っあ……、……っ、ヒバリ……!」
場所は去年、屋上のコンクリートで背中をすりむいたので、獄寺の部屋を選んだ。ベッドサイドの小さなテーブルの上には潤滑剤のチューブとゴムもあらかじめ用意した。
何かに追い立てられるように互いの服を脱がし、性急に素肌を合わせた。大した前戯も無かったのに、脚の合間に触れる屹立は獄寺も雲雀もすっかり張りつめていて、恥もプライドも何もかもかなぐり捨て、獄寺は雲雀に自分の身体を擦り付ける。
「あ……、っは……っ、ヒバリ、ヒバリ……っ」
「気持ちいい?」
んなわけあるか馬鹿野郎……!
思わずそう言いたくて、言えない。
否、もう言う理由が既に、ない。
「うぁ……っ、あ……っ」
ゼリーを纏いつかせた長い指を挿し込まれ、掻き回されて、喘ぐ。身体の奥からとろけてしまいそうだった。1年間、ずっとこの瞬間を待っていた。
反射的にやめろと文句を紡ぎたいくちびるを、雲雀のくちびるに押しつける。
こじ開けられた口の中に、びっくりするくらいなめらかな感触の舌が滑り込んできて、その刺激だけで達しそうになるのを獄寺は辛うじて堪えた。
「んん……っ」
不意に、綱吉や山本と、教室でしていた他愛のない会話が脳裏をよぎった。
「小さいの頃ってさー、なんで好きな女の子に悪口とか言っちゃうんだろうねー」
「ああそれ解るぜー。子どもの時は大概、好きな子いじめちゃうのな。わざと突っかかってみたりしてなー」
日本の小学生をあまり知らない獄寺は、10代目にもそんな時期がおありだったんですね、などと適当な相槌を打っていた。雲雀と舌を絡めながらもそのシチュエーションを思い出し、ぎくりと変に胸が鳴った。
「悪態の次はよそ見? 君はプレゼントなんだから、僕のことだけ集中して考えてなよ
」
闘いに慣れた勘の良さか、それを気取った雲雀は獄寺の体内から指を抜き、強引に自身を押し込んだ。
「っあああ……!!」
痛みさえ快感を呼んで、くちびるを解放された獄寺は一際嬌声を放った。それは自分の声だと認めたくないような甘さに満ちていて、思わず耳を塞ぎたくなった。
「……入った……」
しかし雲雀の声も甘く掠れていて、どうしようもなく胸が疼く。鼓動が心臓を壊してしまいそうに苦しくて、獄寺は雲雀の背中にしがみついた。
「ねえ、言ってよ。誕生日おめでとうって」
「なっ……」
「言ってよ。僕が生まれてきて良かったって」
「っ……!」
律動と共に耳朶へ囁かれる雲雀の声とことばに乱されていく。興奮で潤んだ視界に、雲雀の目許が情欲で赤く染まっているのを認めた。
「ねえ……今日言えないなら、来年でも……いいよ。またプレゼント……くれるんでしょ?」
次第に強く激しく揺さぶられながら、獄寺はがくがくと頷いた。
上手い具合に前立腺を突く雲雀の硬さで、この交歓の極まりが近いことを知る。もっと繋がっていたくて、それでも獄寺にもいい加減限界が近づいていて、拍動する胸を持て余しながらも獄寺は雲雀の動きに合わせ、腰を揺らした。
「あ、あ、あ……っ! ヒバ、リ……っ、ヒバリ……も、もう、オレ……っ」
「っ、一緒に……いくよ……っ」
ヒバリは獄寺の眉間にくちづけをひとつ落とし、更に律動を速めた。
その激しさに潤滑剤が泡立って、とてつもなく恥ずかしい水音が部屋に響く。
「ん、ぁあっ、ああ、はぁ……っ!!」
身体の奥の感じる部分に触れた雲雀のそれが、一際質量と硬さを増し、そしてどくんと脈打った。同時に獄寺自身も絶頂を迎え、雲雀のかたち良い腹筋に白濁を放った。
◆◆
「去年の今日から今年の今日まで、ずっと我慢していたよ」
雲の上に居るような、事後の気怠さとふわふわした感覚の中で、雲雀が囁いた。
オレも、なんて言えない。
罵詈雑言禁止令が出ている上、本音を言ってしまったら明日からの雲雀との関係が変わってしまいそうで、どうしたらいいか解らない。
始まりがあればきっと終わりがあるのではないかと怯える気持ちが獄寺の口を閉ざした。
「来年のプレゼントは、君と、今年聴けなかったことばが欲しいな」
うっすらと、耳元で雲雀が笑む気配がした。
熱を帯びた囁きを耳にしながら、獄寺は小さく頷いた。
◆終◆