1859text-4 季節もの・お題

□天国が落ちてくる
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◆short circuit◆


「君ってさ、やっぱり頭良くないよね」
 微塵もブレのない姿勢で、ブルズアイを決めながらヒバリが言った。
 ショットグラスをテキーラで満たし、一気にあおった。高濃度のアルコールで食道が灼熱する感覚、この刺激で何もかも忘れてしまいたい。なんか今、バカにバカって言われた気がしたけど、もう何杯テキーラを呑んだのか判らないから、細かいことも忘れてる。
「どけよ! 次、オレが……投げるんだ、から、な……ぁ、」
「……っと、危ないな」
 千鳥足でヒバリを押しのけ、ダーツを構える。当然ながらフォームなんかグダグダで、だからオレは負けっぱなしだ。さりげなく背後に回ったヒバリが見るに見かねてなのか、オレの肘の位置を修正してきた気がするけど、腕に反発する力が入らない。
「ファミリーだか何だか知らないけど、飛び出してきて、探しに来てくれるとでも思ったの? あの草食動物が?」
「じゅう……代、目、の、悪口ゆーな!」
 指先を離れた小さな矢は真っ直ぐに空を切り裂いて、ヒバリが投げて真ん中に刺さったままのダーツの羽根に弾かれ、床に落ちた。
「何がしたいんだか、僕には君がわからないよ」
「うるせー」
 勝手にテキーラを注ぎ足し、おかわり。ルールとか正直、どうでも良くなってきている。
「独りが嫌なんだ? 群れてると独りになりたがるくせに」
「人の……勝手……だろ……」
 そう、オレはさっき、ファミリーを出てきた。10代目のお側に一生居ると誓ったのに、とんでもない事実を知ってしまったからだ。
 ……10代目に、子どもが出来たそうだ。
 相手はあのアホ女だ。清純そうな顔をして、酔っぱらった勢いとか言って、あの女も10代目も本当にとんでもない。
 そしてもう一つ、どうしようもない事をオレは知った。
 10代目もいつかはご結婚される。ファミリーじゃなくて、血が繋がった……家族が出来る。11代目が生まれるんだ。
 オレはずっと、10代目の右腕で居たい。
 でも、跡継ぎが生まれたらどうなってしまうんだろう。オレなんて、いつも勝手に追いかけてるばかりなのに、顧みて頂けるだろうか。本当に唐突に、将来の不安に取り憑かれたオレは勢い余って家出、いやファミリー出をしてしまった。
 必要とされたい。10代目に。
 でもオレは女じゃないし、子どもも生めないし、ただ側で10代目を見守ることしか出来ねえんだ。だけどオレは、もっと必要とされる人間になりたい。確固たる約束が欲しい。側に居ただけ、見返りが欲しい。欲張りなことなんざ判ってるけど、オレは……尽くした相手には愛されたいということに、不意に気付いてしまった。
 テキーラの瓶を再び掴んだところで、ヒバリがオレの手を止めた。
「君が意外と強いのは知ってるけど、もうそれくらいにしときなよ。明日に響くから」
「オレ、あしたなんか……もう、いらねえ」
 回っていない呂律で本音を吐いた。
 家を出た幼いオレ。マフィアになりたかったのに、どこにも受け入れてもらえなかったオレ。ようやく一生ついて行きたい人を見つけたのに、その人の人生に寄り添えないオレ。明日なんかどこにあるってんだ。
「じゃあ僕がもらってあげようか、君の明日。……おいで」
 ヒバリがバカ力でオレの手からテキーラの瓶をもぎ離し、そのまま手首を掴んでバーの出口へと引っ張っていく。
「ああ、勘定はつけといてね」
 カウンターを振り向きもせずにドアベルを鳴らしながら扉を押し開き、ヒバリは夜の街へとオレを連れ出した。
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