1859text-4 季節もの・お題

□毎日が誕生日
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◆毎日が誕生日◆

 頬を手のひらが包み、輪郭の起伏を確かめるようにゆっくりと辿っていく。しっとりと吸いつくようになめらかな肌が自分の表皮を掠っていく感触、それがひたすら気持ちいい。
 獄寺は目を細めて顎先を上げた。
 色温度を低く落としたルームライトが、なまめかしい首筋の曲線をアンバートーンで浮かび上がらせる。雲雀は獄寺の露わな肩口に顔を埋め、鎖骨に沿って次々とくちづけを落とした。二人きりの部屋の静寂に不規則な水音が零れて、耳朶を打つ。
「……、ヒバリ……っ、ぁあ……」
 きつく吸われる度に獄寺の身体は魚のように跳ねて、身体が熱を持ち始める。空気を求めるみたいに緩く振った頭が銀色の髪を散らして、鈍いつやを放った。雲雀は髪を梳きながら、獄寺の後頭部を支えるように手のひらを滑らせた。逃げられないように頭をがっちりと押さえつけてから、まるで息の根を止めるみたいにして、ゆっくりとくちびるを重ねる。
「ん、んん……っ!」
 僅かな隙間から舌を滑り込ませ、獄寺の甘い舌を絡め取って強く吸う。角度を変えてくちびるを探り、奥へ舌先を伸ばしていく。臼歯の歯列を奥まで探り、唾液を絡めてより深く、強く求める。
 離れたくない、もっと繋がりたい。
 ことばにならない雲雀の想いが、行為を通じて獄寺の心を犯していく。
「……んぁ……っ、……っあ、ぁあ……」
 身体の奥からとめどなく熱があふれ、四肢の先まで巡った血が一点に収束し始めた。全身が心臓になってしまったみたいに拍動している。
 雲雀の手のひらが熱くて、触れたくちびるから溶けてしまいそうな快感がこみ上げる。
「ぅ、あ……っ、……んん……っ」
 裸のまま触れ合う手脚がどちらからともなく絡まって、重心を支えられなくなった互いと一緒にシーツの海に倒れ込んだ。ひんやりとした木綿と体温の温度差にまで、頭が変になりそうなほど欲情した。
「ひばり……っ、や、ぁあ、ひばり……!」
「獄寺、隼人」
 産毛が逆立ちそうな錯覚を覚えるほど、敏感な耳元に吐息と声が染み込んだ。
「……誕生日、おめでとう」
 空気が揺らめくような声音で吹き込まれ、声がもたらす鼓膜の振動にすら感じてしまう。
「……んっ……」
「愛してるよ。これからも、ずっと」
「ば……ぁか」
 獄寺は首を竦めて、雲雀の前髪に額を擦り付けた。
「ずっと一緒にいて欲しい」
「ん……」
 雲雀は下肢へそっと指を伸ばし、完全に勃ちきって濡れた粘膜をゆるゆると扱く。血の巡りを圧迫しながら反復する刺激が、身体の芯を焦がす獄寺の灼熱を煽る。
「ゃ、あ、あ」
「まだいかないで」
 獄寺自身のくびれた部分を指で括り、雲雀はもう片方の指先で根本を弄んだ。
「っあ」
「もう少しガマンして」
 不意に身体を離した雲雀は、ベッドサイドのテーブルの引き出しを開け、ラミネートチューブを手に取った。キャップを開け、手のひらに透明なスライムみたいなゼリーを纏いつかせている。
「……っ」
 それはこれから起こるだろう強烈な刺激を具体的にイメージさせて、獄寺の背筋を戦慄かせた。二人分の汗で湿った胸許がすうすうする。
「……」
「大丈夫だよ」
 ゆっくりと、ことばを選ぶようにして雲雀は囁いた。
「君を傷つけないようにする……今日だけは」
「……は、っ、バカ過ぎ……、っん」
 お前にそんな、器用なことできるのかよ。
 体温を吸ってとろけるスライムが雲雀の指先と共に身体の最奥に押し込まれたせいで、嘲笑おうとした獄寺は失敗し、鼻に抜けるような喘ぎを漏らした。
「やぁ、あ、ああ! そこ、さわんな……っ」
 息を呑んだ獄寺に気を良くして、雲雀は指先で獄寺の体内をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。時折触れる一点から、強烈な快感が鋭く広がって背筋が弓なりに反ってしまう。
「あ、あ、ゃあ、ああ!」
 呼吸の仕方を忘れたみたいに喘ぎ続け、一本づつ増やされた雲雀の指に翻弄される。柔らかく粘膜を拡げ、探られて、身体の内側に秘めた想いまでが余すところなく暴露されてしまいそうだと獄寺は思った。
「ぅあ、ゃ、だ……っ、……あ……っ」
 腰が揺れる。雲雀の太腿に脚を絡め、律動をせがむように擦り付ける動きが止められない。
「あ……っ、……ああ……っ、も……、やだ……、ひばり、ひばりっ」
 ひきつったこめかみにやたらと優しいくちづけを落とし、雲雀は全ての指を抜き去った。
「君のカラダは、全部僕のものだよ」
 ぐずぐずに溶けた入り口をあっさりと看破して、絡まったぬめりごと雲雀の熱が押し入ってきた。ただもう感じる秘部を擦られたくて、熱暴走したような身体を押しつけるように雲雀をかき抱いた。
「ひばり……」
 獄寺の腰を強く引き寄せ、片脚を抱えた雲雀が
律動を開始した。目が眩むような感覚と目を反らしたくなるような感情が獄寺の体内で暴発する。
「あ、あ、ああっ、ぁああっ、ん……っ、ぁあ……、ぅあ……っ」
 雲雀を呑み込んだまま、果ててしまえたらいいのに。
「や、ぁあ、ああ……っ、ん、ぁあ……!」
 熱く、鋭さを増した雲雀自身に終わりが近いことを感じ、お互いが共感していることに恥じらいと感動さえ覚える。獄寺は雲雀の肩に伏せていた顔を上げ、雲雀のくちびるにキスをした。
「……っ、」
「ぁあ……っ!」
 獄寺の最も深いところで、雲雀の堪えていた灼熱が爆ぜ、獄寺も雲雀の鳩尾に白濁を放った。


◆◆


「君が生まれてくれて、本当に良かった」
「ばーか」
「君が生きててくれて、本当に良かった」
「そう簡単に、死ぬかよ」
 雲雀の胸に耳をつけ、獄寺は何となく鼓動を聴きながら、睦言にぶっきらぼうな答えを投げる。
「記憶がなくなった時はどうしようかと思った」
「…………?」
 あ、しまったと言うような顔をして、雲雀は獄寺の頭を引き寄せた。髪の束に指を絡めてくるくるしながら、いたずらに頬を触れてごまかそうとしている。
「記憶? いつの?」
 ふと、今朝は携帯電話を見ていない、という事実に思い当たった。
 そういえば確かに壁に掛けてあったはずのカレンダーがない。
「え?」
 起きた瞬間から雲雀と一緒だった。
 遮光カーテンも開けないまま、ベッドサイドのライトを灯して盛り上がり、先ほどまで身体を繋げていたはずだ。
 しかし今何時なのだろう。サイドテーブルにいつも置いているはずのアラーム付き電波時計も見当たらない。
「あれ? お前さっき「誕生日おめでとう」って言ったよな? 今日、9月9日だよな?」
 珍しくばつの悪そうな顔などして、雲雀はくぐもった声で呟いた。
「誕生日おめでとう」
「おお、サンキュ」
「……って言いたかっただけなんだ、そしたら」
「……?」
 雲雀は何を言い出すつもりなのだろう。
 記憶。
 薄ぼんやりと靄がかかったように、断片的なビジョンが浮かんだ。
 まるでドライバの壊れたハードディスクが接続されているような、妙な違和感がある。
 しかし今年の9月9日のカレンダーを、オレは確かに、この目で見た覚えがある。
 その他は……ふっつりと思い出すことができない。
「そしたら、セックスしてるとき君を突き上げすぎて、ベッドの上から、君が後頭部から落ちて」
「……」
「しばらく起きなくて、目を覚ましたら、君は9月9日の記憶がなくなってた」
「……お前がやたらに優しかったのも、やけに用意周到だったのも、9月9日のやり直しをしてたからなのか……」
 雲雀は獄寺の肩を引き寄せて、ぎゅっと胸の中に抱きしめた。
「愛してる」
「お、おう」
「って言いたかっただけなんだ、そしたら」
「まだあんのかよ!」
「抱きしめようとして逃げられて、君はバランスを崩して開いたままだった窓から落ちて」
「はあ?」
「あわてて拾ってきたけど、しばらく起きなくて、目を覚ましたら君は9月10日の記憶もなくなってた」
「君のことは僕が責任もって養う」
「いい加減にしろよな」
「って言いたかっただけなのに」
「まだあんのかよ! 今日は一体、何月何日なんだよ!!」
「祝いたい、もうその日が君の誕生日でいいんじゃないかと思ったんだ。今日は失敗しなくてよかった」
 獄寺の隙をついて腕を回し、必死にぎゅうっと抱きついてくる雲雀の手管があまりにも向上していた。
 幸い大きな外傷もなかったようだし、細かいことは不問にしてやろうかと思ってしまう獄寺も大概、雲雀の事が好きなのだと気がついた、つきあい始めて何年目かの誕生月のことだった。
◆終◆

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